金子教諭の惨殺は起こるへくして起こった。ここ2・3ヶ月、全市の中学校に異様な空気が漂っていた。既に恐慌状態に陥っている学校さえあった。夏休みが終わった頃から、生徒の様子がおかしくなった。ことごとに反抗する生徒が著しく増加した。何度も同じような反抗を繰り返した。いくら諭しても反省する様子もなかった。一斉授業放棄があちこちで見られた。中学生の授業放棄など前代未聞である。しかし、それは、実際に起こった。20数

校、クラス数にして720クラス以上の生徒らが、何らかのきっかけを核に暴れ出した。窓ガラスをぶち破って教室から溢れ出し、職員室に石を投げたり、爆竹を投げ込んだりした。

 10月頃になると、生徒らの反抗は更にエスカレートした。従来小グループに過ぎなかった非行少年たちが、何十人、何百人の生徒達を扇動して暴れ始めたのだ。生徒指導も、既に一対一の対応では処しきれなくなっていた。市教育委員会は何度も緊急会議を持ち、次々と通達を下した。非行少年の集団対処、教師によるパトロールの集団化と徹底、女性教師への避難勧告、警察力の積極的導入等、もっぱら強権的に生徒を圧え込もうとしたものであった。市庁舎の中に対策本部が設けられ、原点の究明と事態の収拾にのり出した。

 しかし、生徒らは巧妙であった。一斉パトロールや、強権的に行われる検閲の時だけ、彼らは鳴りを潜めた。子猫のように大人しくなった。やがて、忘れた頃になって、暴動じみた反抗が繰り返された。生徒らの眼は、既に野獣の眼光を帯びていた。或いは、死魚の如く、灰色に濁っていた。何か、究明され得ない原因がある筈だと、大方の教師らは思った。

 その傾向が表れ始めたのは、ちらちらと小雪の舞い始める12月のはじめ頃だった。三方を山に囲まれた盆地にある市は、冬になると寒冷地並の厳しい冷え込みに襲われる。初雪の降った12月のはじめ、市の北西にある中学校のクラブ更衣室の中で、若い男女の心中死体が発見された。驚いたことに二人は、同校の中学生同士であった。抱き合って死んでいた二人には、明らかに情交の痕跡が認められた。浅黒く引き締まった少年の躰には未だかすかな温もりがあった。少年のそこだけ白く柔らかい下腹部に、まるで鞭打たれかのような一筋のみみず腫れが認められたが、さほど問題にはならなかった。少女の白い手が、未だ初々しい少年の項をしっかり抱きしめていた。