今日もいい天気です。凛太郎は朝から裏庭、前庭と陽射しを避けて、がんばって外に居ます。とにかく悪坊主のヤンチャ盛りで、近づくとぴょんぴょん飛び跳ねて噛もうとします。じゃれてるんですが、その程度が加減できないから、危険この上なしです。


凛冽の汗
進学歳時記 希望ー夢ー実現


 中学一年生の六月の作文に、美しいことばで、想いをつづった彼がいた。


 「大きな荷物を背負って、遠い未来のために汗を流しているような気が、ぼくにはありました。幸せでした。そんな疾走は、一生の宝になると思います。夜、ひとりさびしく動かす鉛筆を退屈に思ったら、ぼくはゆっくりと、六年生のことを思い出すことにしています。希望の源である、あの苦しかった日々を。

 六年生のみなさんは、夜、たまにでも夜空を眺めたことがあるでしょうか。空の澄明な星の輝きは、明るい街からはほとんど見えませんでしたが…。

 塾の帰りに、心ゆくまで、自転車を止めて見ていると、いつかふっとやる気も起こるものでした。」


 そして、中学三年生、夏期講習会を終えた夜、彼は作文に書いている。


 「夢は大きいほうがよいけれど、しっかりと持った夢は、大きければ大きいほど窮屈だろう。でもね…たとえ傾斜が険しかろうと、できるだけの力で窮屈になってみないか。今の君に必要な、小さなもののために…そして、もっともっと大きいもののためにね…。そうすれば、仕方なしに夢を持つってことが、どれほどばかげているかを思い知るだろう。そして、しっかりした目標、つまり夢に通ずるものは、きっと窮屈なのだ。でも、窮屈ならば窮屈なほどその夢は、しっかりと大地に着いていて、自分の位置を見なければ、それは、しっかりした夢ではなく、結局、小さなもののためにしか役立たない。」


 生意気な理屈の向こうに、はじけるような笑顔の彼が見える。確かに、「自分の位置」ということを、しっかり見つめつづけた彼が見える。大学病院のお医者さんになった彼の、夏の決意は、今も脈々と君たちに受け継がれている。


 凛太郎にもそんなところがあります。偉そうにいきがっているように見えたその性格は、生来のものだということがわかりました。まさに、「自分の位置」ということを、天性として知っているように思えるのです。毎日、少しずつ、凛太郎は凛とした黒柴になっていきます。