穏やかな土曜日です。京都・宇治では選挙カーが姦しく走り回っています。凛ちゃんは、まだ、ウォーンと共鳴鳴きしませんが、歴代のワンコはみな見事な共鳴鳴きを聞かせてくれました。凛ちゃんはまだ、九ヶ月ですから、はてどうなることやら、何も分かりません。


凛冽の汗
進学歳時記 自分ってだれだろう


「学校は勉強をする場所などではない」

「学校は『勉強をするための方法』を教わる場所だ。学校を出て、勉強が終わるのではなく、実は学校を出たところから、自分自身の勉強が始まるのだ」

だから、

「学校に居るうちに、ちゃんと『勉強をするための方法』だけは学んでゆけ」

「そのために教師がいるのだ」

そして、

「『勉強をするための方法』を教えてくれる場所は学校以外にもたくさんある。」

といいます。最後に、

「『自分が何者か』を学ぶことを、実は『勉強』と呼ぶのだ。」

と人生の意味をも教えてくれています。

あるシンガーソングライターのCDアルバムの添え書きに、私は、襟を正したい思いになりました。

「そのために教師がいるのだ」

という「教師」に、私はなれているだろうかと。

卒業生と新入生の前に立って、胸張ってそのための「教師」だと言えるよう、励んでいきます。

謙虚に、誠実に……。


 いま考えてみると、いい言葉ですね。NHKのテレビトーク番組でふざけているあの歌手が、幼い頃から苦労して克ち得たものなのですね。凛ちゃんよ、お前も自立しろよ。立派になれよ。