日曜日は三人でお散歩です。とにかく、春は名のみの風の寒さよ~♬~で、一生懸命歩くとちょうどいいくらいになります。凛ちゃんは相変わらず右へ行ったり左へ引っ張ったりで、帰ってくるとバタンキューです。あぁ、そうです。写真も相変わらずの凛太郎ばかりになりますので、ここいらで小さい頃から順に掲載していきましょうか。
先月号に掲載されている小学生の作文を読んでいて、思わず目頭が熱くなった。老いた愛猫の死を通して、かなしみや、いとしさや、くやしさや、こみ上げてくる愛惜の思いを合格への誓いにすることで、小さないのちをみごとに成仏させている。
私もかつて愛犬の死にあって、涙のうちに車で出勤するという経験をしたことがある。その朝、ちゃんと北枕で固くなっていた愛犬のしまつを家人に任せて、ぽろぽろあふれる涙で前方が見えなくなるままに車を運転した。
いのち、しかも自分より小さな生き物のいのちを、こうして愛惜できる少年が愛しい。きっと彼は、大きくなっても、自分より立場や力の弱い者に対して心やさしい人になってくれるだろう。人間として、誠実で正しいこころを持った人になってくれるにちがいない。
そして、そのやさしさが、そのまっすぐに澄んだこころが、にんげんのみなもとになることを私は知っている。頑張れる人はいつも素直でやさしい。何事かを成し遂げていく人はいつも謙虚で明るいことを、巣立って行ったたくさんの生徒が教えてくれたからだ。合格の秘訣はいつもそこにあったことを、ふと思い出す、今年もまたそんな季節がめぐってきた。
ね、ほら、こんなだったのですよ。手に乗ってしまうほどの凛太郎だったのです。それが、かつての愛犬のように逝ってしまうのかと思うと、いま、どんなにヤンチャでも、悪いことをしても、大切に、大事にしてやらなければと思うのです。
