今日は凛太郎と二人だけの日です。夕方から近くのゴルフ場を覗いてみました。一面芝生の広大な所です。ちょっと覗いただけで、すぐ帰りました。だって、場違いな感じがして、オシッコをひっかけただけで、回れ右してきました。私には、一生縁がない所ですね。
受け持ちのクラスのみんなに、保護者会のお母さんに、定期テストどころか日進の問題にまで引用した、さだまさしの古い歌がある。こうして何度筆写しても、何かしらジンとするものがある。それはきっと、この歌が私自身の生き方を、生きていくということの重さを、叱るがごとくに教えた散文詩であるからだろう。
父は特別他人と違った生き方をしてきた訳ではない
ただ黙々と むしろ平凡に 歩いてきたのだ
戦争のさなかに青春をすり減らし
不幸にも生き残った彼は
だから生きることも それに遊ぶことも あまり上手ではなかった
そういう彼をぼくも一度は疑い
否定することで大人になった気がした
けれど
男の重さを世間に教えられて
自分の軽さを他人に教えられて
振り向いて 改めて彼をみつめたら
やはり何も答えぬ不器用な背中
退職の朝 彼はいつもと変わらずに母のこさえた弁当を持って
じれったいくらい当たり前に 家を出ていった
母が特別幸せな生き方をしてきたとも思えない
ただあの人と長い道を歩いてきたから
何時もとちがって彼の帰りを待ち受けて
玄関先でありがとうと言った
長い間ごくろう様と改まって手をついた
そういう彼女の芝居じみた仕草を
笑う程ぼくはスレてなかった様で
そして
二人が急に老人になった気がして
うろたえる自分が妙に可笑しくて
おとうさん おかあさんなんて懐かしい
呼び方をふいに思い出したりして
父は特別いつもと変わらずに静かに靴を脱いだあと
ぼくを見上げて照れた様に ほんの少し笑った
(さだまさし アルバム「夢の轍」より)※プロローグとエピローグは省略しました
いま、授業の中で、「考える」ということを話題にしている。机にへばりついた勉強だけでは、真に考える習慣など育まれないことを話している。駅前の放置自転車を、徒党を組んだ車内での傍若無人な大声のお喋りをこそ、立ち止まって振り返りたい。そうすれば、そこにあるものが、「自我」や「自意識」などという高尚な哲学なんかではなく、ただ無思索なだけの愚かしい幼稚さであることがわかる。高度成長期の人間不在の教育は未だに見直されることはなく、精神の未熟はむしろ大人達の側にある。だから君たちは、立ち止まって見つめて欲しい。何のための勉強か、なんのためにいま生きているのかと。そうすれば、「五月病」などという思い違いもまた犯さなくて済む。人の痛みのわかる人間とは、日々よく考える人なのではなかろうか。私もまた繰り返し考えてみたい。君たちの幸せの在り処を。君たちの笑顔の隠れ家を。
「退職の朝」は二度目の紹介です。六年前に逝った母を思い出して掲載しました。母が生きていれば八十三歳。毎日、凛太郎がよき遊び相手になってくれたことでしょう。それとも、母の手に余るでしょうか。そう思いながら凛太郎を見ていると、何かしらツンと、鼻の奥が痛くなります。
