今日は、奈良方面の高校受験の発表で、東大寺・西大和・帝塚山と回って、凛太郎も同乗していましたので、疲れました。シゲの取材の仕事で、ダマがアッシーくんなのです。もう、5、6年になりますが、いやー遠いし、一日がかりだし、食事で寄り道したり、待ち時間にジャスコに行ったりで、以前の小さいケージに入れられた凛ちゃんは、もうグロッキーです。長い一日でした。
中学生たちの意見は辛辣である。けれど恐らく、子どもたちの目の方が正確であろう。濁りのない瞳で、家族を、社会をみつめている。不況だと騒がれる世相をしっかり見据えて、父の仕事を思いやる中学生も多い。何を生意気なと子ども扱いをする発想からは、親子の理解は成り立たないと思う。親も子も人間である。そして教師と生徒こそ対等でありたいと願う。「教えてやる」という姿勢ではなく、人生の先輩として共に人の世を語り合う、そんな師弟、そんな親子でありたい。子どもたちの方が、小さい胸いっぱいの思いでそう願っているにちがいないのだから。
★よく考えて思い出してみると、母はいつも僕をみつめてくれる。その時の顔は笑っていないが、いつもそんなふうな母が、十三年間どんな思いで僕を見て来たかは分かっている。そして、母がいてよかったと思う。
★勇気づけてくれた、褒めてくれた、叱ってくれた、慰めてくれた、教えてくれた、もっともっとたくさんのことをしてくれた母。そして現在も……。過去も未来も関係ない。母がしてくれたどんな小さなことにも、「ありがとう。」
★私が両親に送りたい手紙。いちばん言いたいけれど、いつも心の中に押し込んでまるめていた手紙。いちばん短くて、いちばん重たいひとこと。そっと書き残すことにしよう。「ありがとう。大切な人たちへ。」こんなふうに私が素直に手紙を渡せる日は、いつになるのだろう。
★お母さん、せめて私が結婚して子どもを産んで、その子どもが結婚して子どもを産むまで生きていてほしい。これからもよろしく。
そして、今月の「父への手紙」「母への手紙」のお話のしめくくり。「きつい言葉もあった。」でも「心の中では反省している」。ほんとうは「お母さんのこと大好き」だから「感謝している」から、これからも、「いーぱい面倒をかけて困らせようかなあと思っています」という女の子の作文のまとめを借りることにしよう。
あと三回ほどで「君たちの作文からシリーズ」は終ります。思えばこのシリーズこそが、このブログの良心であったかも知れません。つくりごとではない、私の美辞麗句でもない、子どもたちの直言でしたから。そう、つくりごともない、口先だけの言葉も勿論ない、凛太郎のうーー、ワンワンこそ、いま私がいちばん大切にしなくてはいけないものかも知れません。
