日曜日、朝十時前まで寝ていても凛太郎は待っていてくれます。オシッコを我慢して、ケージの中でじっとしていてくれるのは分かっているのですが、とにかく眠いのです。ごめんね凛ちゃん。


凛冽の汗
君たちの作文から シリーズ11 ③


 「午前七時ごろ、外はうっすらと明るい。そんな朝、僕は家を出る。もちろん行き先は学校である。とは言っても、みんなが登校するより一時間以上前である。クラブの朝練が待ち構えているのだ。決して嫌ではない。

 息が白くなり、手がかじかんで、手袋をしていないと我慢できないし、耳も冷たいのを通り越して痛く感じる。けれど、清々しい気分だ。みんなと遅刻ぎりぎりで行くときとは、全然ちがう。走っている人。犬の散歩をさせている人。車は相変わらず、うるさく走っている。

 車道から離れて住宅地へ入っていくと、満員電車に向かっていくサラリーマンたちが歩いている。そんな中、必死こいてウォークマンしながらチャリンコとばして行くヤンキーの兄ちゃんを見かけるのは毎日になった。学校までの距離も刻々と短くなっていく。

 そんな、約二十キロメートル、二十分の道のりを経て学校に着くころには、もうすっかり明るくなっていて、空も青かった。そして、朝練が始まる。」(長岡校 中二 森 ◯介)


 二年生になると、言葉遣いも身振りも悪ぶるようになる。私の前では決して見せない部分を、こうして彼らは作文の行間にしのばせる。そして、それもいいと思う。私だってそうだった。少しずつ知り染める大人の社会に、胸おののかせていた少年期を、昨日のことのように思い出せる。それは私が、こうして向き合う生徒の向こうに自らの少年期の悔いや罪や憧れや、すべての甘酸っぱい来し方を見ているからなのだ。けれど、それにしても歳を取った。仕事の量が増えたから、いろいろと全体にかかわる仕事をするようになったからではなく、どうやら歳のせいで私も丸くなってしまったようだ。「多芸の者は芸に溺れるという。自分を大切に、生徒を大事に、芸を生かしてください。」と年賀状で戒めてくださった◯◯先生のお言葉を素直にお受けして、「怒を握り恕を放つ」と言った吉野せいさんの心境に少しでも近づいていきたい。


 そう言えば、そんな心境には遠い自分を、今、慙愧の思いで噛み締めています。まるで、逆の自分です。こんな私に凛太郎を飼う資格があるのでしょうか。ただ、仕事の上では何もイライラすることのなくなったのが救いです。周りに迷惑も、嫌な思いもさせずに済んでいるようです。それだけ、責任のある仕事をしていないからなのですが。ともあれ、これからもよろしく、凛ちゃん。