さっき、凛太郎と入れ替わりにケージに入ってみました。私が横になれる大きさですから、難なく入れるのです。ケージの外から見ていた凛太郎が唸り出しました。もちろん、その後、滅茶苦茶バトルになったことは言うまでもありません。
六月十一日、修学旅行の三日目の夜、「クラスを語る」ということをやった。これは、突っ張ってる奴や障害をもっている人のことをどう思っているのか、全員で語り合おうというものだった。最初、僕はやりたくなかった。多分みんなもそうだったろうが、今考えると、やってみて本当によかったと思う。
はっきり言って一、二年の頃までは、クラスの状態に僕は失望していた。自分のことしか考えていない奴しかいないと思っていた。と言うよりは、そういう悪い面しか僕には見えなかったのかもしれない。いや、むしろ、良い面を見ようとしなかった僕なのだと思う。
みんなシリアスに、そして正直に話していたと思う。中には涙を流して話してる奴もいた。また、いろんな奴の意外な面を知ることもできたと思う。僕もまた、みんなに意外な面を見せてしまったわけだが。
「クラスを語る」の最中、思わぬ成り行きになって混乱した。普段、僕らのクラスの突っ張りのSとたむろしている奴らが、「花火をするから来い」とSを呼びに来たのである。Sは「行かなあかん!」と言って、部屋抜け出そうとした。みんな立ち上がった。もちろん僕も。そして、Sを部屋に連れ戻した。
部屋に戻った後、僕は、全身の血が逆流するような感じでイライラしていた。そして僕は、
「マジんなって、俺らがお前のこと考えてんのに、何で抜けだすんじゃ。俺らのことキライなんか、こら! ええ?」
と喧嘩腰に怒鳴り立てた。クラスのみんなは、まさか僕の口からこんな言葉が出るわけがないと思っていたのか、全員ビビっていた。Sは答えた。
「キライやない。けど、クラスも大事やけど、友達も大事や。」
そのSの返事を聞いた時、僕は少しショックだった。Sはそうせざるを得なかったのかも知れない。それは、僕みたいないい加減な奴がいたからだ。
四月頃、僕はSのような奴を大して意識していなかった。Sが授業をエスケープしたり、煙草を吸ったりしていようが、僕は無視していた。けど、クラスの中には注意する奴もいた。そいつらに任しとけばいい、人ごとだと僕はかかわらなかった。
いま考えれば、僕は本当に無責任だったと思う。みんなの話を聞いているうちに僕はそう思った。
僕の番になった。ほとんど自己反省ばかりになった。話の最後に、「Sがさっき出て行こうとしたんは、俺みたいなええ加減な奴がいたからやと思う。」と僕は言った。正直な気持ちを言ったつもりだった。
Sを見ていると、人ごとだとは思えない部分が僕にはたくさんある。今度、Sをちゃんとさせるチームに入った。自分のこともできていないのに、いや、自分のことが出来ていないから僕は、Sを立ち直らせるよう努めたいと思うのだ。(枚方校中三・北村〇○君の作文より)
暗いトンネルをくぐり抜けて行くように、一人ひとりの魂が、こうして膝や肘を擦りむいて呻きながらも、匍匐前進していく。修学旅行の夜は、枕投げから涙ながらのシェアーの場に様変わりしているようだ。私たち大人の世代よりもいっそう複雑な社会の中で、精神的な管理を強められている彼らの切ない吐息が、旅館の部屋の散乱した布団の周りに漂っている。突っ張って強がって生きることが格好いいなんて、彼らの誰もがほんとうは思っていない。その頬や項の初々しく清潔なように、汚れていく自分をどんなにか哀しく、せつなく思っていることか。
凛太郎が品行方正な、扱い易い柴犬になっていくということも、同じことなんでしょうね。が、今はあれあの通り、どうしようもない駄犬です。それでいいのですよね。祈りをこめて名づけた、「凛」の一文字に恥じるような犬にさえならなければ。
