昨日、今日、明日と三人とも連休中です。僕はとっても楽しいです。ダマとシゲは四六時中何かで動いています。僕は一人(一匹)のんびりやってます。ほら、またそんな所で寝てるって、うるさいのですけどね。


凛冽の汗
君たちの作文から シリーズ6 ③

 私のように、声高に畳みかけるのではなく、寂しげに私たちの世代に通じる感慨をこうして話してくれる中学生。目を見張る思いで彼を見つめている。いつだったか、ある私立高校の先生と話していて、目から鱗が落ちる思いをしたことがある。「記述式のテストね、あいつは読解力や文章力がいくら強くても書けませんよ。」とその先生はおっしゃられ、「記述式はね、その子が自分の考えというものを持っていないと書けはしません。」と結語してくださったとき、長い間私の中でもやもやしていたものが、一気に形を持ったような気がしたのだ。「自分の考え」というものは、その子の、その人間の身を持ってする体験からしか培えない。ここに掲載した三つの作文の筆者、北垣◯◯君に私はその理想の在り方を見る。彼はさらに、人間にとっていちばん大切なものを綴り上げてくれている。


 「ある練習の日、いつもは十五分前に必ず来るはずの彼が、遅刻寸前で、重たい足取りで部活にやって来た。僕は心配になって、

『どないしたんえ。元気ないねぇ。』

と声を掛けた。すると彼は、意外なことを言った。

『おい、さぶちゃん。今な、太秦駅の近くの自動販売機の料金箱こじ開けて、金バックにかっ浚ったおばちゃん居やはったんやけど……あー、あのとき、どついてでも捕まえときゃよかった。』

 どうやら彼は、僕が最大の罪としている『見て見ぬふり』をしたらしかった。どうにか宥めているうちに、僕らは部活に遅刻した。でも彼は、そういうことならと罰せられず、僕は罰ゲームの『ロード十周』という約十二キロの長距離走を余儀なくされた。僕が戻って来たとき、彼は言った。

『さぶちゃん、ごめんな。俺、何もわからんし。』

快く許してやっても、彼はまだ不安そうにしていた。

 行動力と決断、そんな重要な能力がなくてもいいと僕は思った。どんな悪いことがあっても明るく生きる人間こそ素晴らしい。行動力と決断なんて、彼のように優柔不断でふらふらしていそうな奴にあるわけがない。彼はその分、人に尽くす愛と、人に与える友情とで埋め合わせをしているのだ。今しかできないことを一生懸命、ひたすらにやって愛のお返しをしているのだ。彼が持っているような人間の弱さ。それは誰もが知っている。弱くていいじゃないか。行動力と決断を持った人は周りから尊敬される。けどそんな人も、彼のような奴が居ないと平均化してしまう。尊敬されるような人だって弱い人だ。一人では人間は決して強くなれない。だから彼のように、素直に自分の弱さを認めることは大切だ。たとえ将来、彼が社会から取り残されるようなことがあっても、彼はきっと、

『俺はあのとき、あんなふうに生きててよかった。』

と言うに違いない。そして、僕も必ずそうなる。なってみせる。彼のように愛と友情を大切にする人間になる。

 彼はいかにも気の弱い奴だ。けれど、彼ほど人を愛している奴は居ないと今、僕は思う。」


 さぶちゃんこと北垣君の来し方も、家庭環境も知らない人なら、彼が中学三年生だと言っても信じられないでしょう。それほどシブい彼でした。今、彼のような中学生を私は寡聞にして知りません。

 おい、凛太郎、おまえもこんなシブい黒柴になるんだぞ。いいか、わかりましたかと振り返れば、相変わらず呑気に惰眠をむさぼっている凛太郎でありました。