朝から凛太郎の様子が変です。ご飯も水も受け付けません。機嫌も悪いし、ウーウー唸ってばかりです。またぞろ、歯が抜けたようです。手でしきりに左頬の辺りをこすっています。前のように、四、五時間放っておくことにしました。案の定、二人と一匹で長い散歩などして気を紛らわせたら、晩方には元に戻りました。通過儀礼とは言え大変です。
一月に五条校の二年生のクラスで、三月に草津校と長岡校の一年生のクラスで、それぞれ規模は小さいけれど、クラス弁論大会を実施した。週に一回しかない大切な国語の授業だけど、大切だからこそ一講時全部使って、「意見文」をみんなに書いてもらった。先生の独断と偏見で、七、八名の優秀者を選定し、原稿を推敲してもらって、いよいよ発表。十項目のチェック欄を設けた採点用紙で、クラス全員に審査してもらう。三位まで決定して、ささやかな賞品を渡した。みんな立派に、堂々と弁論してくれた。いつもは廊下や階段で走り回って遊ぶ屈託のない仲間が、表情を引き締めて真剣に話している。それだけでみんながピリッとして、一人ひとりの弁論を一言も聞きもらすまいと耳を傾けている。「正論がちゃんと通るクラス集団をつくりたい。」そんな先生の狙いなんて、初めから分かっているよと言わんばかりに、誰もが真剣に取り組んでくれた。
長岡校の一年生特進は、A、B併せて六十五名の大所帯である。原稿の選定だけでも大変であるが、月の課題作文に充当すると言ったせいか力作が揃った。毎月の作文を添削するのと同じように見ていったが、三十五名の人にAの◎、つまり最優秀(作文集候補作)が付いてしまった。ここで大発見である。中学生諸君は作文が書けないのでなく、書かないだけなのだ。一旦鉛筆を持てば、こんなに皆作文が上手なのだ。いや、もっと正確に言えば、誰もが自分の周囲をしっかりとみつめ、思索し、自分なりの見識をきちんと持っているということなのだと思う。
いじめを扱ったもの、障碍を持った友を、「かわいそう」という思いでしか見ていなかった自分の意識を、その友が変えてくれたと本庄君は書いている。
「三年の卒業式のとき、通知表を校長先生のところに受け取りに行く役はS君に決まりました。僕は正直言って不安でした。彼にそんな大役が果たせるだろうかと思っていました。でも彼は、校長先生に名前を呼ばれると、『ハイ』と大きな返事をして、受け取りに行きました。僕はそのときハッとしました。自分が今までS君のことを(かわいそう)と思っていたのが恥ずかしくなりました。彼はちっともかわいそうなんかじゃない。だって今、こうして立派にステージの上に立っているじゃないか、と思いました。」
堀井君も、同じように、自分の意識を障碍を持った友の努力が変えてくれたと言う。小学校のときの大縄大会で、練習中にはうまくやれなかった友が、大会本番では一度もひっかからずに跳んだこと。耳の聞こえない人たちが、甲子園目指してひたむきに頑張る「はるかなる甲子園」という映画に感動したこと。そんな体験をもとに、人権の大切さをしっかりまとめてくれた。
「……しかし、同じ人間です。よく考えてみるとおかしな話です。いろいろな不可能を可能に変えたのは人間です。差別やいじめをなくすということも、不可能ではないはずです。一人ひとりの気持ちなのです。僕はこれからも、しっかり人権について考えていきます。そして、差別にストップをかけます。」
続きは次回にしましょう。階下はいやに静かです。いつもなら、シゲが凛太郎と騒いでるか、二階へ凛太郎を連れて来て寝かせるかするのですが、今夜は下で二人とも居眠りしているのでしょう。2011年初頭、我が家は平和に過ぎていきます。
