今日から年末年始休みです。凛太郎は朝から晩まで、ノラリクラリ、お散歩とご飯以外はダレ犬になっていました。我々も正月準備は明日にして、一緒にダラーとしていました。


凛冽の汗
君たちの作文から シリーズ2 ②

 やがて生徒らは「ましな教師」の存在を指摘し、教師は「あの先生、この先生と差別していいのか」と反撃する。ふと私の生徒の作文が思い起こされた。「すべてが必要であること」と題された、中二生の作文である。弁論大会で、「規則」についての正論を述べた女子生徒を、教師らが潰しにかかる。校則の是非をめぐって、作文の書き手もまた、生指の教師に言ったらしい。「制服は軍服が原型らしいのに、何で民主主義の、軍隊なしの国の中学生が、そんな軍服もどきを着て学習しなくてはならないのか」と。教師は「法は守るためにあるんやろ!」と怒鳴りつける。彼は綴る。「彼女は、そしてぼくもみんなも、変えようと一生懸命努力している。悪法を善法に変えようと常に動いているのだ。しかし、大人たちの卑劣なやり方によって、ぼくらの努力の甲斐も空しく次々とつぶされていく。ぼくらの世代ではなく、何十年も前の中学生も、何十年か後中学生も、大人たちの卑怯さに負けてしまうのだろうか。そして、その何十年か後の中学生の努力を踏みつぶすのは、将来のぼくのような気がしてイヤな気分になった。信じてもらえない人間には決してなりたくない。」

 そして、彼の作文にも「いい先生」と「タチの悪い先生」が登場する。二年生でいちばん真面目なクラスが合唱コンクールで優勝する。「タチの悪い先生」は「お前らようやったなあ。日頃ちゃんとしてるからや。」と褒める。ところが、三年生の不良がいっぱいいるクラスが優勝すると、「日頃の生活がなってないのに、まぐれに決まってる。」と小声で言うだけで行ってしまう。「いい先生」は一緒に喜び、「あとで、そのときのビデオ見せてなー」と生徒の肩を抱く。作文の末尾に彼は、敬体に変えて私に訴える。「先生、立ち直れない不良の本当の淋しさが分かるでしょうか。どんなに親が小言を言っても一緒に喜んでくれる人がいなかったら、彼の見えない努力を認めてくれるものがいなかったら、彼はどうしても動こうとしないのです。彼のような人間は必要ないと、タチの悪い先生は思っているかもしれません。でも一人ひとりの人格より貴重なものはないとぼくは思います……。」

 「砂場の少年」で女生徒は言う。「わたしたちの言い分をきいてみようとなさる先生と、そうじゃなくて、はじめから、一方的にものごとを押しつける先生と、同じようにわたしたちが接していたら、その方がおかしいです。」と。名言だと思う。そうして、怒声と嘲笑が錯綜するなか、教師は「おまえたちと授業したくないワ」とひらき直り、生徒らはこう叫ぶ。「自分はいちばんえらいと思ってんのが……の先生」と。救いは引用した作文の書き手が、私の大好きな、素直で快活な、すばらしい生徒であることだ。彼とともに在ること、一緒に歩いて行くこと、そこに、私たちの生きていく道がある。そう思うのだ。


 突然、凛太郎の小さな鳴き声が聞こえます。振り返ると、ぐっすり寝ているのです。……寝言です。夢の中で凛太郎もまた、「タチの悪い飼い主」に吠えているのでしょうか。それは私たちのような気がして、何だか小さな凛太郎が可哀想になりました。ごめんね凛ちゃん。