今日は日曜日。朝から大掃除でした。で、ふと気づいて凛太郎を見やると、何かをモグモグ食べています。口を開かせて確かめてみると、デジカメのデータ機器。もうー、これ高いのにと嘆くシゲ。添付する写真が古いのしか使えないなと、呑気に心配する私。何でも口あたり(手あたり)次第、噛み噛みする凛太郎でした。


凛冽の汗
うたに寄せて シリーズ2の②

   金魚

一匹も すくえなかったね ほんとに 要領が悪いんだから

浮いてきたところ すくわなきゃ ほら シャツの袖が 水びたし

きらり ひらり きらり ひらり 人生が身をかわす

きらり ひらり 幸せが 逃げる

でも 嬉しいみたい すくえなかったことが

どうせ 飼えないものね 旅暮らし

    中島みゆき「予感」より


 融通のきかない純粋は怒りとなり、怒りはことばになった。自らが書いたり吐いたりしたことばを守りたくて、行動への立場をとる。雪崩こむようにして高校生の先生が、政治的な活動に身を投じていった。あたかもA君に殉じるかのように。

 そんな先生が、陽溜りに腰をおろして小鳥たちを眺めているような時間を持ったとすれば、それは毎週会議で集まる大阪教育大学附属高校天王寺学舎からの帰り路であったろう。近鉄デパートの西側から飛田の方へ下っていく商店街を抜けたり、天王寺公園から動物園の横を通って「新世界」へ抜け、「萩之茶屋」あたりから南海上町線に乗って家に帰る。今、愛隣地区と呼ばれるその庶民の街は、先生にとって温かい陽溜りだった。ずっと後、大学生になってから出会った山本周五郎の描くような、貧しく愚かな、しかしやさしく温かい、生身の人間が生きている街であった。

 公園の一角にある美術館の前の石段で、チョゴリを着たおばさんがレコードに合わせて踊っていた。いかにも楽しげに、時には哀しそうなしなをつくって。ジャンジャン横丁の碁会所はいつ通りがかっても満席で、隣の立呑屋も昼間から美味そうにビールをあおるおじさんたちでいっぱいだった。時々、腹をすかせて入った食堂では、二百円もあれば満腹になった。どの店へ入っても、もう何年も前から通っているような常連客の気分になれた。他所者の先生も、飾りのないこの町の住人とすぐに馴染んでしまえる。勘違いなんかでは決してない「人間のやさしさ」を、先生は全身で感じていた。

 自分の臆病な自尊心と尊大な羞恥心に嫌気がさすとき、先生は今も、ブラリとこの町へ行く。きれいな手をした妖怪に締め出されて、今はもう、あのチョゴリのおばさんたちは居なくなってしまったけれど。


 釜ヶ崎へはよく行きました。何しろ、死んだ父の馴染みの地ですから、その血を享けた私にも惹かれるものがあるのでしょう。ということは、凛太郎も一度、大牟田市へ連れて行ってやらなければならないなと思っています。シゲの故郷の佐世保市には、何度か行きましたから、今度は車に凛太郎を乗せて、三人(二人と一匹)で行こうと思います。