凛太郎がまた初体験です。お向かいの小さな犬と、至近距離で向かい合いました。しばらく、じっと見つめていたと思うと、キャンキャン・キュンキュンと吠えはじめ、激しく引綱を引っ張りました。凛太郎、初恋でしょうか。
俊◯のことを書きながら私は、これまで私が出会ってきた生徒たちの、その一人ひとりのやさしさをみつめている。彼らが、どんなふうにして、そのやさしさを奪われていくかを凝視している。そして、私自身がいかに彼らのやさしさを踏みつけにしてきたかを、慙愧の思いでみつめ返している。
中三の夏、俊◯は、決められた課題に従って、将来を語った。あどけないばかりに素直な調子が、やがて唐突に哀しい色に染まる。
「……僕は、幼稚園の時から動物が好きでした。しかし、それ以上に『物をつくる』ということに興味をもっていました。特に、紙と木でつくるのが好きでした。針金は途中できらいになりました。焼けた針金を指でさわって、ミミズばれができたからです。将来、おもちゃ屋をつくろうと思っていましたが、小学校三、四年ぐらいに気が変わりました。
近所に、かわいそうな犬を見ました。つながれっぱなしで鎖がからまっている犬を見ました。車にはねられた猫を見ました。一本うしろ足の無い犬を見ました。小さい僕には強い刺激でした。そして飼い主の泣き顔を見ました。」
短いこの作文の中に、俊〇の魂の震えを見る思いがするのは私だけだろうか。感じやすい俊〇の感性が、じっと人間をみつめ、生命をみつめている。あたかも計算されたかのようなたどたどしい口調に、ナイーブな少年の何ものかへの告発が秘められているような気がするのだ。彼の小さな指にミミズ腫れをつくった針金、それが比喩するものを詮索しようとする私を、誰が嗤えようか。
そして秋、俊〇は「命について」と題する作文を、鈍感な私を叱るように、こみ上げる嗚咽を堪えながら書き綴ってくれた。
「学校から帰ってきて居間に腰をおろしたとき、
『となりのミイが死んだよ』
と、母は僕に告げた。となりの家は、おじいさんとおばあさんの夫婦二人で住んでいて、ミイは、昨年どこからかやって来て住みついた、のら猫の一ぴきである。僕はその黒猫が好きで、しょっちゅう遊びに行っていた。仲が良かったわけである。鈴のついた赤い首輪が、妙に似合っている猫だった。
『車にはねられたんだって。おととい雨だったから、昨日川辺でみつかったんだって。』
母は続けた。
(ハハッ。冗談きついで……。なんで……。ハハ、いい飼い主やん……。なんも悪いこと……してへんのに……。)
二人の年とった優しい飼い主がいるにもかかわらず、そんなことで失われてしまった『ミイ』の命がかなしかった。そしてその優しい飼い主に、
『もう、生きものは飼わへん』
と言わせたことが腹立たしかった。
簡単に失われた命であったことと、赤い首輪をもう見られないことが、かなしく、くやしかった。」
あまりにも繊細で、感じやすい心を持つ少年ゆえに、幼くして幾多の絶望を見た。それが俊〇のやさしさになった。したたかな、ほんとうのゆさしさを持つ少年が、か弱い生命に寄り添うようにしながらじっとみつめていたもの。されが何であるかを、この拙文を末尾から書き出しへ逆に読んでゆけばわかるように、私は書いたつもりだ。そしてそれは、多くの俊〇と同じ、やさしい生徒たちと向き合う私自身が、まず、心に刻むべきものである。俊〇は今、洛南高校の三年生である。この稿の掲載される頃には大学生になっているであろう。同窓会で会えるだろうか。どんな青年になっているだろうか。私に「やさしさ」を教えてくれた俊〇は……。
たとえば盲導犬が、車椅子から落ちた手袋を口先で拾って飼い主に渡す。それは、訓練でなされたものではなく、盲導犬の飼い主を思うこころ、意志がさせるものだと思うのです。犬にも、やさしさがあるのです。凛太郎にもいつか、そんなこころが芽生えてくるのでしょうか。私は、信じようと思います。そして、それ以上に私の方こそ、凛太郎にやさしくしたいと思うのです。
