眠かったら唸るのは分かっていますが、今日は少々激しかったので、思わず叱ってしまいました。何しろまだ夕方で、食事もウンコもこれからなのに、そんなに唸っていてはどうしようもありません。いつもは一緒に連れて行きますが、今日はそのままケージに放りこんでシゲを迎えに行きました。シゲと風呂屋に行き、夕飯の食材を買って帰ってくると、もういつもの陽気な凛太郎です。ちょっと構いすぎなんですね。放っておいた方がいいのですかね。


凛冽の汗
私の出会った生徒たち 或る少年 ①

 「同志社はあんた、いっつも三百点近う取ってんと行けへんのやろ。もうちょっと頑張らな、このままやったらなあ……」

 このままやったら…「あかん。」という最後のことばを、母は気をつかって口にしなかった。が、ぼくには、母の情けなさそうな顔が悲しかった。胸がずきずきと痛んだ。なぜ、もっと良い点数がとれないのか、じれったい気がした。しっかり真面目な勉強をすれば解決できることだとは分かっていたが、それにしても毎回の「日進」で、一点でも多くほしいと思った。二三九点よりは、二四〇点のほうが、ずっといい成績に見られるにちがいないと思った。

 罪の意識がなかったわけではない。バイト学生のところへ近づいて行くとき、ぼくはひどくおどおどしていたはずだ。だから、学生がぼくの差し出した答案をのぞきこんでいるときでも、ぼくは近くの誰かと喋っている風を装ったりした。十八回のときまで、それはうまくいっていた。学生にだめだと言われれば、それでもともとだ。口をとがらせ、不満そうなしぐさで引き下がればよかった。

 記号で答える問題だった。正解は「イ」だったが、ぼくは「エ」と答えてしまった。そこで上の横棒を消しゴムで消し、左下がりの斜めの棒に引き直した。そして、ぐるっと丸で囲んで下の横棒を丸の線で重ねると、うまいぐあいに正解と同じになった。すぐ持っていったが、赤ペンで-2点としてあるからだめだと言われた。学生はいぶかしそうな目つきをした。やばいと思った。誰かがじっとみつめているような気もする。算数にも細工したのだが、あわてて二枚の答案をカバンに押し込んで帰ろうとした。廊下へ出たところで、誰かがぼくの肩を強い力でつかんだ。振り向いてはっとした。ぼくの日進の担任の幸田先生だった。ぼくはそのまま講師室へ連れて行かれた。

 「はあ…えらい気色ばんで来はりまして、弁解も何も聞かんといきなり殴らはった、いうのはどういうことや言うて…わしはいつも、点数にこだわるないうて指導してる、言わはるんです。それで……」

 小学部教務の石田先生が、恐縮した様子で幸田の前にすわって、お耳に入れておきたいからと、父親が怒鳴りこんで来たことを告げている。平静を装ってはいたが、幸田の心の中は、うちのめされたような思いだった。いきなり殴ったこと、ほとんど弁解をさせなかったことは、確かに非難されても仕方あるまい。そのことについては、父親に面罵されれば素直に謝りもしよう。しかし幸田には、そんなことはどうでもよかった。それよりも、少年の卑劣さが、その歪んだ心が悲しかった。


 小説仕立てで、或る少年のことを綴ったむかしの文章です。まだ②がありますから、次回、読んでみてください。凛太郎もちょっとそういうずるいところがあります。自分のおもちゃを、私のそばへ持ってきて噛みはじめますが、スルッとすべったふりをして、ガブリと私の手を噛むのです。それなら、可愛いのですが。それなら、憎めないのですが……。