今日も凛太郎はひとりお留守番でした。シゲは遅れて帰りますから、私が先に凛太郎の世話をします。玄関ドアを開けると、脚に飛びついてきて甘えます。おしっこをさせて、食事をつくってやります。一連の動作を、もう凛太郎も覚えてしまったようです。和やかな時間が流れます。


凛冽の汗
滋賀克彦の巻 ②

 滋賀は死んだ。夜、一旦停止をせずに自転車を四つ辻へ突っ込んだらしい彼は、出会い頭の自動車に激突してはねとばされ、頭の骨を折って即死した。わずか十三歳で無残に死んだ。

 教務の先生から訃報を聞いたときには、既に葬儀も終わっていた。本校の講師室で私はひとり泣いた。拭っても拭っても涙はとまらない。滋賀を悼む涙であった。が、それは、ただ悲しみだけのものではなかった。

 その日の授業で、本校の二年生にそのことを話して注意した。彼らもまたそこからの帰り路、乱暴で危険な自転車の乗り方をしていたから。しかし、今も、どの校でも、危ない乗り方をする者は少しも減らない。

 君たちだけを叱っても仕方ないのかもしれない。私は、私の自動車のスピードメーターの横に、「滋賀克彦」と書いた紙片を貼りつけた。そして、滋賀をはねたドライバーの苦しみを思った。せめてそのドライバーが、この詩のゆうちゃんのような人であってくれればと思った。滋賀になりかわってそう祈りたかった。が、私にその資格はない。自動車は私をハイド氏にする。私がまずハンドルを握るべきではない。自動車に乗るべきではないのかもしれない。事実、滋賀を思うのならば。

 私の出会った生徒たちの中で、ただ一人、今はもうこの世の人ではない滋賀克彦。中学二年で不帰の人となった彼。すべての校の君たち、今日、君の受け持ちの先生に尋ねてごらん。もし僕が交通事故で死んだら、先生どうしますかって。先生はきっと、ばかなことを言うなと怒鳴りつけるにちがいない。君たちが生命を粗末にしたり、先に逝ってしまうことほど、先生たちにとってかなしいことはない。そして、それ以上に、君のご両親の悲痛と絶望を思えば、君は正しく安全な自転車の乗り方をするはずだ。自分自身をもっと大切に扱ってくれるはずだ。

 鏡の中の自分をじっとみつめて「どうして生まれてきたの」「なぜこうやって生きているの」と問いかけてみる。そんなやさしい仕草を、滋賀もしたことがあっただろうか。


 凛太郎がそんな仕草をしないことを、私たちは知っているからこそ、厳しいしつけをするべきなんですね。まだまだできていませんが、これからしっかりやっていこうと思っています。でないと、凛太郎は、元気に、幸せに生きていけませんものね。