今日は亡くなった母のお墓参りへ、凛太郎と一緒に行きました。大谷さんの墓地ですから、ずいぶん登らなければなりません。私が既に歩くのが大変で三ヶ月に一度ぐらいですが、凛太郎はトコトコとずっと着いて来てくれました。


凛冽の汗
 かなりきびしく自己をみつめながらこの文を書いたようですね。まずその態度を立派だと思います。いろいろの苦労を重ねながらあなたをこんなに大きく立派に育ててくださったお母様へのいたわりと感謝の気持ちを、いつまでも忘れないように。

 本の虫に…

 安心したろう。先生だって中学一年生のときは、こんなに下手な作文を書いていたんだ。それでもAの評価をつけて、丁寧な講評を書いてくださったのは、多田芙三子という担任の先生だ。出会いだった。多田先生はノルマをこえてぼく(混乱するのでこの辺から先生のことをぼくと呼ぶ)に本を手渡し、励ましてくださった。ぼくは本の虫になっていく。成長と呼べるかどうかはわからないが、高校一年になったぼくが、中学校の入学式を振り返って書いた創作がある。

入学式

 ともかく僕が、それまで、おびえ、嘲り、笑み、泣いて来た、あのいまわしい、理念の釈然さのない幼稚な教育の場であった小学校の、風雨にさらされ、周辺の工場の煤煙に汚れた金網から放たれ、今新たな気構えで見ている中学校の柵は、コンクリートでしっかり固められたブロック造りであり、それが新鮮な感じと、また冷酷な束縛とを僕に予感させた。

 若い僕の母は、昨夜急ごしらえの髪型を直しながら、他の多数の親子の組を見まわしているようであった。彼女がその時どのような感慨を持っていたのか、僕は別段、考えもしなかった。

 我々は板きれのプラカードの、自分に該当する所へ、ざわめきながら集まった。僕もそこに並んだが、周りの未知を恐れて、もう一つの集団の中に居るはずの母を探した。

 母は居なかった。

 そのときの、僕の幼い絶望。未知の中にあって、一本の命綱をたぐっていくと、やがてその先端が鋭利なナイフで切りさいなまれている絶望が、僕を混乱させた。理屈のわからぬ幼さが混乱に拍車をかける。既に閉ざされた鉄扉の横の小さなくぐり戸、母はそこを出ようとしていた。高く結った髪をかばいながら、前屈みで、こちらを振り向きもせず、母は入学式の式場から去ってしまった。


 続きは次回にしましょう。鼻もちならない文章ですが、母一人子一人の少年の偽りのない心情が書かせた文章なのです。そういえば、凛太郎は、凛太郎たちは、ほとんどみな母も父も、傍に居ないのですね。それだから、頼るものは、ダマとシゲだけなのですよね。