凛太郎のしつけに苦戦しています。溺愛して、家の中で自由にさせたりしたからか、食事どきの唸りがひどくなりました。今日はあまりに偉そうに唸るので、こちらも真剣に腹を立てて虐待めいた叱り方をしてしまいました。しまいには、皿を投げつけたりしてほんとに怒ってしまい、しゅんとさせてしまいました。幼いいのちを育てていくのは、大変なことです。中学生たちとはまた違うのですね。私のほうが反省しきりです。



凛冽の汗

 仏に託して人の世のかなしみが語られ、喜びが謳われ、そして消え入りそうなつつましい謙虚を教示してくれていた。怒るな、憎むな、人を赦せ、大きく静かな心で人を愛せよと教えてくれていた。一旦人を信じた以上、どんなことがあっても信じ続けよ。誰かを愛したなら、人を愛するという罪と喜びを知ったなら、死ぬまで人を愛し続けねばならないのだとも教えられた。

 そのとき、明宏は明宏であって、しかも明宏ひとりではなかった。明宏を通して先生は、すべての生徒を見ていた。信じ続け、愛し続けるべき多くの生徒と向き合える自分がいかに幸福であるか、泣き出したいようなありがたい思いに包まれて、いかにも寺の門としては小ぶりな浄瑠璃寺の門を出た。そして今……

 明宏君は一年前から弓道を始め、今年はアルバイトにも挑んだらしい。寡黙で繊細な彼が少し逞しくなった。先日、弓道の昇級試験があったが、どうもだめだったらしい。

 

 明宏くんのノートから…最終回

 また失敗してしまった。うかる自信はあったのに。

 ぼくはその日悩んだ。

 結果がどうであれ、自分の力さえ出しきれば、それで満足だと思っていた。ところが、次第に自分がくずれていくのだ。我を失った。みっともなかったにちがいない。

 そのとき思った。今の自分には自信が必要なのだ。ただ素朴な自信が欲しかった。ダイヤより固く、水より柔らかい自信が。

 その自信は、例えば何かをやり遂げたことによって得られると思う。

 最近、弓をやっていて特に思うこと。それは自分の全エネルギーを一瞬のうちに爆発させること。それができたらどんなにか素晴らしいことだろう。しかし、自分の裡では小さな破裂におわってしまい、壁をつき破ることができない。どうしたらそのエネルギーをひき出せるのか。

 奇跡を起こす……。奇跡を信じようと思う。自分にもその力があるのだと信じよう。

 何のために奇跡をおこすのか。それは今日を、明日を生きるため。自在になるため。


 あれからもう一年、早かったね。今年はどうする。先生はもう一度、大和路を歩きたい。もっとゆっくり、ひとつの所に一日かけて、坐り込み、立ち尽くしてみたい。そして、人知れぬ、名もない寺々をも訪れてみたい。


 怯懦で不器用な教師であった私が、心を通い合わせた何人かの少年のうちの一人、明宏くんと、昨年再会しました。立派な医師になった彼と、出雲の居酒屋で酒を酌み交わしました。山陰の古い街並みに似合う、凛々しい青年になった明宏くんは、凛太郎にもその成長の軌跡を教えてくれていたように思いました。どんなことがあっても、愛し続けるのだと。