今朝、Threadsにさらっと書いた。

お金を使うとき、私はまだ心が揺れる。
欲しいものを買うときも、旅行を申し込むときも、「お金が減る」ということに苦しくなることがある。

そこに、とてもいいコメントをいただいた。

「揺れるのは当然ですよ」
「どうすべきかではなく、どうありたいかですよね」

うん。本当にそうだなと思った。

ところが最後に、

「その年まで頑張ってきたんですから」

と書いてあった。

なぜだろう。

「その年まで」

そこだけが、ものすごく引っかかった。

悪意なんてない。
むしろ励ましてくれているのも分かっている。

でも、その一言が入った瞬間、それまで素直に入ってきていた言葉が、急に遠くなった。

61歳。

確かに私は61歳だ。
隠す気もないし、むしろ堂々と言っている。

でも私は、自分のことを
「その年まで生きてきた人」
という枠では見ていないんだと思う。

まだ恋もしたい。
おしゃれもしたい。
知らないところへ行きたい。
初めてのこともやってみたい。

61歳は私の年齢ではあるけれど、
私そのものではない。

たぶん同世代には、こういう小さな引っかかりを経験したことがある人が結構いるんじゃないかな。

「もうその年なんだから」
「その年まで頑張ったんだから」
「その年にしては若いね」

褒め言葉や優しさの中に、ひょいっと年齢の物差しが入ってくる。

私はこれから、年齢に慰められるより、

「で、あなたはこれからどう生きたい?」

そう聞かれる人でいたい。

61歳。
まだまだ「ここまで」じゃない。

**私は今も、途中にいる。**🌹



Today is the youngest day✨✨🌈