昨日は友達とカフェでお茶をした。

気づいたら3時間経っていた。


思う事を伝えるのは私は苦手なんだ。

それは幼少期に親が忙しい人達だったから聞いてもらえなかったからとか、
私がきょうだいで真ん中っ子だからとか、
姉がおしゃべり好きで自分のターンがあまりなかったからとか、
自分の思いを伝えるとシーンっとしらけさせてきた経験があるから自信が待てないとか、
色んな理由があるんだろうけど、

小さなことで言えば、
友達が熱を帯びて話し出している時に
「トイレに行きたい」って言えないようなそんなレベル感から、
ぜんぜん気持ちを言えない。



それが悪いとは思わないし、
気を遣えるいい人間だと自負してきたけど

「そうなり続けたいか?」と言われると、
「いいえ。トイレに行きたい時は、
行ってくるね!」と言える自分になりたい。
と今は思うんだ。






私は夫に自分の本心を言えずに、
溜めて溜めて溜め続けてきた。

いや、
ちゃんと定期的にブチ切れるという表現を用いて伝えてきては、いたと思う。

でも、
心の底の部分を伝えて、
拒否されるのがこわくて、
「あなたはここが間違ってる!」という正論という武器を持った時にだけ、
伝えてきたような…


だから、
「変わらないあなたが悪い」って
ジャッジしてきた。
でも本心は、
「私を大事に思ってくれるなら、
私の言う事を聞いてよ。
私の思い通りになってくれないなら、
あなたは私を愛してくれてないんだ。」
って、愛してくれているかを試していたんだなぁ…。





結婚当時、夫は介護職をしていて、
10年前は施設の一社員という組織でいうところのペーペーだった。
そこからのしあがって、小さな組織の中でも実質No.2のポジションまでいくんだけど、当時はまだ平社員だった。


彼は、休みの日には事務作業や他部署のお手伝いそれにヘルパー業務にも出て、
組織の中での地位と、
様々な利用者からの信頼と、
お給料を得るために、
野心に燃えて働いていた。

なんと、お休みは月に0日。
もう一度言う、
月に0日だった。


それでも、
お正月に1.2日お休みあるかな?程度と、
私の誕生日や結婚記念日は、時間を取ろうと努力してくれていた。


でも新婚当時、私は第一子を妊娠中で、
産休に入るまでは時間がなさすぎて
家の中の物を買い揃えれるようになったのは、お腹が出始めた頃で、
1人であっちこっちと買い出しに行き、
お腹の大きな妊婦が、両手に買い物袋をいっぱい持って、
横幅でいうと【袋・私・袋】と3人分のスペースが必要なぐらいの荷物を持って移動していたもんだから、
通りすがるお兄ちゃん、おばちゃん達に「手伝いましょうか?」と何度も声をかけられるほどの大荷物を1人で家まで運んでいた。


それでも私は夫に不満や愚痴を言えずにいた。
「今日こんなに買い物して疲れた」という事さえ言えなかった。

「彼は休みがなくてもっと疲れてるんだから」
「結婚は思いやりだから、恩着せがましく〜してあげたって言ってはダメだ」
「良妻を目指そう」
そう思って、努めていた。


わたしの『サポート癖』はここからどんどん発揮されることになり、
いつしかその癖は『わたし個人』を封印し、
私は自分で自分のことがわからない人間になっていく。





9年目に鬱手前でようやく色々と気づいて私は変わっていくんだけどね!

人は自分の知らず知らずのうちに
良かれと思ってるうちに
自分を殺していくんだなぁーと振り返ると改めて思ったよね。








〜また後日につづく〜