千葉豪雨で被災した地域の方々へ心よりお見舞いいたします。
未だ熊本地震の復旧への道のりは遠く私たちの心配は尽きない。自身が過去経験し携わった災害を思い起こしてみる。2024年能登半島地震(北陸)、2019年東日本台風(関東)、2018年大阪北部地震(関西)、2017年九州北部豪雨(九州)、2016年熊本地震(九州)、2011年東日本大震災(東北)、2003年十勝沖地震(北海道)、1995年阪神淡路大震災(関西)、1991年台風19号(福岡・山口・東北)・・・。(これだけでも)改めて多いと実感する。実際、日本は世界で3本の指に入る自然災害大国である。いくつかの被災地を訪れ、過ごし、その中で気づいたことがある。浸水し家に戻れない人が「私はまだケガをしてないからなんとか動けるよ。まだまだ酷い状況の人がいるだろうから先にそちらを先に助けてあげて。」と言う。地震で家の中がひっくり返った方へのお手伝いに行った際「無理しないでね。休みとってね。お茶飲んで、おにぎりどうぞ。」と過分に労ってくれる。TVの報道とは少し様相が違う。被災した人々の多くは「大丈夫だよ」の姿勢を取る。一方被災していない側は、多くの車が津波で流された時あるだけの車を無料で貸し出した車販売店がある。数百キロの道のりを燃料や食料品を車に満載し夜通しかけ被災地を往復した人がいる。敢えて毀損した地に新しく投資しビジネスを持ち込む会社もあった。自然災害は甚大で重篤だ。あっという間に全てを破壊してしまう。自然に贔屓や忖度は全くない。どんなに裕福な暮らしをしていても、経済的地位を築いていても、幸せを享受していても、根こそぎ剥ぎ取られてしまうのだ。わたしも、あなたも、家族も、ご近所も、同僚も、社長も、政治家も、遠い別の街でも、遭遇する可能性の高い大不幸だ。でも、言い方を変えるならば今回は私が被災した。でも次回はあなたが被災する。そうならないことを祈るけれど・・・たぶんそうなる。という部類のものでもある。だから、被災していない側は(次に)自分が被災したときに助けてもらいたいものは何かを真剣に考え支援をする。被災した人も周りが自分に本気で親身になっていることを知っていて「無理」を言わない。そういった関係性が日本の風土に永く根付いてきていることを気づく。凄いと思うのは、そういった過去から頻発する重篤な自然災害をみんなで乗り越えて日本は立派な国に成長してきたことだ。ある人が東日本大震災の際被災地に向けて「夢を持って生きていく」ことの重要性を呼び掛けていた。その通りだと思う。大不幸はみんなで分け合い、更に夢を持って前を向くことができる国、それが僕らの日本。


