僕にとって特別の地
K沼
久しぶりのニュース
熊出没!
ええーっそんな場所に出てるの?
みんな安全第一にね
僕にとって特別の地
K沼
久しぶりのニュース
熊出没!
ええーっそんな場所に出てるの?
みんな安全第一にね
賢いはずの僕たちの認知と
世界は
結構一致しないって
場合によっては真反対になってるって
知ってるかな
いい意味も込めて
あれもこれもうまくいかず
それでも全部なんとかしなきゃって
焦る
遅々として前に進まず
水の中にいる訳でもないのに
溺れてしまいそうな時がある
いや
実際キミは水の中で溺れているのかもしれない
僕は子供の頃
夏に川や海でよく泳いだものだ
泳ぎをよく知らない大人たちはよく言った
水を飲まないよう
手足を掻いて
なるべく早く水面に顔を上げて
まずは呼吸を確保しなさいって
正しい方法なのかもしれないけれど
僕の感覚は違うんだ
深みに足を取られたり
不意に水を飲んだりして
溺れそうになったときは
敢えて意識を下に向けて
体の力を抜いて
その場の流れに10秒ぐらいは身を任せてみる
場合によっては沈んでいっちゃえ
なんてつもりになる
その時生まれる間(ま)
それを大事にして
手足を
丁寧に
ゆっくりと掻いて
泳ぎ直す
そうすると
驚くことにその場が地獄から天国へと変わるんだ
っていうよりも
もともとここ現実の世界は
透明でキラキラした気持ちのよい水の中だったって
そこで気づくんだ
今キミが前を向くのがつらい時ならば
一回思いっきりしゃがんで
ながーく一呼吸おいて
目の前の自分の出来ること
1つづつ
ひとつづつ
丁寧に取り組んでいこう
1つづつ
ひとつづつ
出来た
次も出来た
あら結構出来ることあるんだね
それならこれもやってみようかな
なんて
そんな流れになるものです
出来なくっても
納得感は増していくはず
そういったキミの気持ちの変化は
絶対に
今の良い世界に一致していって
更に
より素晴らしい世界に変化していくんじゃないかな
最近
Netflixで「スラムダンク」を全巻見た
20代後半の頃
都内で会社勤務だった僕は
週末目黒の体育館や横浜の中学校講堂で
バスケットボールをやってた
サークルメンバーで
飲料メーカーに勤めてる女の子が
日時と場所を教えてくれて
その情報に従って参加していた
不思議なことなんだけど
そのバスケットボールのサークルのこと
メンバー含めどんな活動してたか
ほぼ全く覚えていない
名前や活動の本拠地
サークルに入ったきっかけ
はっきりとしていることが何ひとつない
唯一
僕に活動の日時を教えてくれる
その女の子のことだけは
朧気ながら覚えている
小柄だけど
いつもテキパキ走り回り
少し体勢を傾けたままの左利きのパスを
結構手加減せずに放ってくる
バスケloveの女の子だった
それでも
どういった経緯で連絡してくれるようになったのか覚えていない
純粋にバスケットボールをしたかった訳ではない
兎に角いらないことを考えずに
息を切ってボールを追って走り回ること
それで週末
1週間鬱積したものを発散したかったんだと思う
・・・・・・・・・・・・・・・・
曖昧な記憶だなと少し呆れながら記録します
みなさんにもこういった記憶はありますかw
千葉豪雨で被災した地域の方々へ心よりお見舞いいたします。
未だ熊本地震の復旧への道のりは遠く私たちの心配は尽きない。自身が過去経験し携わった災害を思い起こしてみる。2024年能登半島地震(北陸)、2019年東日本台風(関東)、2018年大阪北部地震(関西)、2017年九州北部豪雨(九州)、2016年熊本地震(九州)、2011年東日本大震災(東北)、2003年十勝沖地震(北海道)、1995年阪神淡路大震災(関西)、1991年台風19号(福岡・山口・東北)・・・。(これだけでも)改めて多いと実感する。実際、日本は世界で3本の指に入る自然災害大国である。いくつかの被災地を訪れ、過ごし、その中で気づいたことがある。浸水し家に戻れない人が「私はまだケガをしてないからなんとか動けるよ。まだまだ酷い状況の人がいるだろうから先にそちらを先に助けてあげて。」と言う。地震で家の中がひっくり返った方へのお手伝いに行った際「無理しないでね。休みとってね。お茶飲んで、おにぎりどうぞ。」と過分に労ってくれる。TVの報道とは少し様相が違う。被災した人々の多くは「大丈夫だよ」の姿勢を取る。一方被災していない側は、多くの車が津波で流された時あるだけの車を無料で貸し出した車販売店がある。数百キロの道のりを燃料や食料品を車に満載し夜通しかけ被災地を往復した人がいる。敢えて毀損した地に新しく投資しビジネスを持ち込む会社もあった。自然災害は甚大で重篤だ。あっという間に全てを破壊してしまう。自然に贔屓や忖度は全くない。どんなに裕福な暮らしをしていても、経済的地位を築いていても、幸せを享受していても、根こそぎ剥ぎ取られてしまうのだ。わたしも、あなたも、家族も、ご近所も、同僚も、社長も、政治家も、遠い別の街でも、遭遇する可能性の高い大不幸だ。でも、言い方を変えるならば今回は私が被災した。でも次回はあなたが被災する。そうならないことを祈るけれど・・・たぶんそうなる。という部類のものでもある。だから、被災していない側は(次に)自分が被災したときに助けてもらいたいものは何かを真剣に考え支援をする。被災した人も周りが自分に本気で親身になっていることを知っていて「無理」を言わない。そういった関係性が日本の風土に永く根付いてきていることを気づく。凄いと思うのは、そういった過去から頻発する重篤な自然災害をみんなで乗り越えて日本は立派な国に成長してきたことだ。ある人が東日本大震災の際被災地に向けて「夢を持って生きていく」ことの重要性を呼び掛けていた。その通りだと思う。大不幸はみんなで分け合い、更に夢を持って前を向くことができる国、それが僕らの日本。
沖縄のTV番組で知ったアーティスト(歌素敵!応援しよう!)
スローでメロディアス
哀愁を美しく纏い
おセンチになる一曲です
そういえば(記憶をたぐる)・・・
10年以上前にブログに掲載したレアな曲を
想い出しました↓↓↓
「できない~ぃ」
「やらないぞっ」
自分で言っても
誰かが言っても
あまりいい感じの言葉じゃないね
でもこの言葉に
少し薬味を加えると
いい感じの雰囲気に変えることができる
「身の丈に合わせ今自分のできることを全力でやります」
(だから・・・できないことあってもしょうがないじゃん💓)
(だから・・・その他のことはやらないぞ🫸)
「将来はできるようになってるかもしれません、がんばります」
(だから・・・今できなくたっていいんだもん🤹♀️)
幸せになるための思考回路
今日も1日お疲さまでした
世界で起こる様々なこと
身のまわりに起こる日々の事件や些細な事柄
膨大で目まぐるしくはやくどこから来てどこに向かうかも分からない
防ぐなり先手を取るなりしようと
それらに手を加えて変化させることは
そうそう簡単なことではない
この流れにどのように身を処していけばいいのか
アインシュタインはこう言った
常に全て奇跡が起こったとして生きるか
常に全ては当然、普通のこととして生きるか
2つの生き方しかないって
でもダラテンは思うんだ
少しでも良いことだったら「あら素敵」奇跡が起こった!
悪いことだったら「結構普通のことなんだよなあこの世界ではね」
って受け止めることがいいんじゃないかって
これはね
人間だけに与えられた
「受け止め方」の選択権の行使
この権利は誰からも制限されないものだから
うま く使って少しづつ心の幸せをつかんでいこう!
ハハハ
バンド名に(はw)異議あり!
ちょっと流行の「離婚伝説」にも同様の違和感が残る僕
(それにしても彼らはよい歌うたうよね~)
このバンド・・・
ガンガンなロックならば納得するんだけど
どう?「ブランデー戦記」
曲をバンド名に寄せてほしい訳では決してありませんw