施設にいる高齢の母親に久しぶりに会ってきました
甥っ子家族と一緒の面会フロアーに
車いすに押されてやってきた母
「どう、元気でやってる?」
「そりゃ元気、元気よ」(母)
「僕〇〇だけど分かる?w」
「そりゃー分かるよ。〇〇は元気でやっとるん?」(母)
「元気元気、今××県にいるんだよ」
「はー、そーなん、それは遠いね~、たいへんじゃねえ、体は大丈夫なんかね」
「大丈夫だよ、それよりそっちはちゃんと食べれてる?」
「残さずちゃーんと食べとるよ」(母)
「車いすだけど散歩とかで外とか出られてるの?」
同席した甥っ子が横からここは施設外での散歩はしていないよと言うに合わせて
「外に出るゆーたらみんなが大変じゃろーからねー、いらんいらん」(母)
「部屋で何してるの?」
「部屋では、はて、何しとったかねー」(母)
「テレビは?」
「テレビは見とるような、どうだったかね」(母)
「ほかに困っとることない?」
「そりゃー無いいね。なーんにも困っとらん。」(母)
「そのズボンも縫わんといけんね~」(母)
「この間も言われたけど、ダメージジーンズでファッションなんよww」(甥っ子)
「そーなんかいねー・・・でも縫わんといけんのじゃないんかいねー」(母)
甥っ子の友達が資格取得のために借金して通信講座を受講しているという話題で盛り上がったとき
「あらー借金はいけんいねー、はよう返さんと」(母)
ひとしきりお話しした後
「タルトとゴマ豆腐お土産で持ってきたけど食べられる?」
「そーかね、食べる、食べるよ、何でも食べる」(母)
その場で食べることはできないとのことだったので施設の担当の方にお渡し、お願い。
面会時間が終わりました。
「みんな大変じゃねー。健康でおらんといけんよー」(母)
玄関で車いすから手を振った母親
前々から薄々気づいてはいたんだけど
改めて母親は凄いなと思う
執着がない
否定しない
周りの流れに合わせる
利他の気持ちを無くさない
悲観しない
人は高齢が更に進むと
認知が低下し自我(わがまま)が強くなってくると言う
もともと人に合わせていい(良い)加減で器用に生きてきた母親だが
僕のことがしっかり分別できなくなった今でも
彼女の姿勢は変わっていないようだった
頑張ってできることではないけれど
母親と同じように
こうなれるでしょって
期待して
穏やかに
生きていこう