周りの人が「家族が大切」とか「お母さん生んでくれてありがとう」とか言ってるのを見て、
本気で言ってんの?ってずっと疑っていた
偽善者じゃねえのって思ってた
これを読んでなんて親不孝者なんだって言う人もいるかもしれない
僕もそう思いながらこれを書いてる
好きじゃないからと言って嫌いなわけでもない
僕の母親は真面目な母親だ
僕はその第一子
可愛い服を着せたがったし、習い事を良かれと思って何でもさせてくれた
いい母親だ
小学校を卒業する時母親に貰った手紙にはこう書いてあった
「生まれてきてくれてありがとう。お母さんは女の子が欲しかったから(僕)が生まれた時とても嬉しかったよ。」
僕が性同一性障害かもしれないと母親に報告した時も、その後それについて詳しく話し合うことは無かった
話題にも出さないし、母親がどう考えてるのかなんて全然わからないまま
胸オペの前に「何とかしてそのまま生きていけない?」と最終確認をされて
頑なな僕に「可哀想に。」
と言ったのがずっと忘れられない
僕はおばあちゃん子だった
妹が生まれて母親は妹担当だった
小さい頃はおばあちゃんがずっとお世話をして、遊びに連れてってくれていたと思う
おばあちゃんのことは今でも好きだけど、僕が性同一性障害のそれだということは言えていない
おばあちゃんに心配かけないでと母親にも言わないよう念を押された
妹はわがままに育った
僕と性格も全然違う。意地悪で大嫌いだった
今はだいぶマシになったしそれなりに仲良くなったけど、
妹が高校生くらいになるまでは毎日喧嘩をしていた
毎回妹から吹っ掛けてきて、口下手な僕が言い返せず手を出して怒られた
ずっと妹の存在がストレスだった
昔から家を出たかった理由だ
父親は無口で僕が高校生くらいになるまで会話した記憶が無い
僕の話を聞いてくれるのはおばあちゃんしかいなかった
母親に話をしても反応が楽しくなかった
「ふーんそうなんだ。」という感じ
僕に興味が無いのかなとすら思えるけど、多分そういう人なんだと思う
母親は多分国語が苦手なタイプの人なんだと思う
なんで国語が得意な僕が生まれたのかは謎だ
昔から母親に相談する気になれなかった
真面目で、僕が欲しい回答をくれたことがあんまりない
1度、「おばあちゃんみたいにちゃんと話を聞いてほしい。」と言ったことがある
母親は「じゃあおばあちゃんと話せば良いやん。」と一言。
僕は母親に話を聞いてほしいなんてもう言えなかった
犬を飼ってからは楽しかった
会話が増えた。家族がやっとまとまってきた
一人暮らしをしてもうすぐ1年
夏に実家には帰ったけど、やっぱりストレスに感じてしまって
犬に会いたい以外帰りたい理由が見当たらない
僕はおかしいのかな?
母親からは心配のLINEがくるけど正直鬱陶しい
僕に会いたいと、会いに行くからと。
会っても何を話せばいいんだろう。
僕の中の母親は、漫画みたいななんでも受け止めてくれる安心できる存在では無いんだ
でも、こうやって家族のことを時々思い返すと涙が止まらなくなる