長女が小学校に入学して半年、お友達もできて、いろいろとできることも増えて、苦手なことは苦手なままだけど、得意なことをみんなに褒めてもらえることもあったりして、毎日楽しく過ごしています。
はじめの数か月、いろいろあって心配していたけれど、元気に毎日通学できて本当によかった。
元気に毎日通う、という、最も基礎となることができてくると、ああ欲張りにいろいろと出てくる要求。
だんだんといろいろと学校へのもやもや、出てきました。
なにかというと。
まー、とにかく子どもに対するルールが多すぎる!
非効率的なことが多すぎる!
例えば、これまであったことで、ええ、そりゃないでしょと感じて私、先生に聞いたこと抜粋。
1.夏休み、毎日プールに来て校内履きが必要なのに夏休み中だから下駄箱に置いておけなくて毎日持ち帰りしなければならない。
2.図工で絵の具を使ったら、その後みんながパレットを洗ったら大混雑するから絵の具道具ごと全部持って帰ってパレットを家で洗ってまた学校にもっていかなければならない。ただでさえランドセル重いのに。
3.(北国出身の私には考えられませんが)長袖の体操着がないのですが寒い日は長袖持ってきていいというので持たせたら、今日はやめておこうと言われて、言われたとおりにしたのに否定された娘、「私が聞いたことは夢だったのか」と自分が聞いたことを疑い始める始末。
1.については、きまりです、と言われて取り付く島もありませんでした。
2.については、きまりです、協力お願いします、と言われました。
3.については、親が長袖着せてくださいと言ったら着られたそうです。
ルールはもともと先人が考え抜いて作ったものでしょうから、そういう思考の道をたどって作られたものなんでしょうけど。
小学一年生に、考えて決めてごらんていっても先生方は大変なんでしょうけれど。
いろいろ分かりますがしかし。
きまりと聞くと真面目な娘は「ダメなんだって!ダメなんだよ!」と言ってくるので、毎回「罪を犯す以外はダメなことなんて世の中ないんだよ~、よし、先生と相談しよう」と言っています。
ああ、私はこれらを経て、自分の子に身に付けてほしい能力の一つが明確になりました。
自分で考えて、自分で決定できる子。
なぜこれをしなければいけないのか、
制約があるならばそれを乗り越えられる解決策はなんであるのか、
それを自分の知恵と周囲の知恵を結集して皆が納得できる解を試してみて、それがうまくいかなかったら、異なる解を探して試す。
私は常日頃から仕事でこういうことを求められて、こういう思考でいるつもりです。
上席に何か提案するときも、「あなたは」何がいいと思うか、「なぜ」そうなのか、「プロ」として答えてください、と常に求められます。
上手くできないこともたくさんあるし、しまった誤ったと思うこともたくさんあるし、うーん、私って考えるのうまくないな、と思う毎日です。
娘たちがそういうの元来苦手な性格だったら、決められたルールに従って行うような仕事に就いたらいいと思いますが、
でも、それって性格関係あるのかな、
思考って練習なんじゃないかな、と思うわけで、そういう練習をもっと学校ですべきなんじゃないかと思うんです。
仕事どころではなく、自分で人生を決めて歩んでいくために考えて決めていくことって最も大切なのではないかと思うのです。
絵の具道具全部持って帰るの非効率的だよね、
でもみんながパレット洗ったら大混雑で大変だよね、
じゃあどうしたらいいかなって、
みんなで話して決めようよーー!!
(時間ずらして洗うとか、パレットだけ持って帰るとか、いろいろ方法あるよね!)
先生はきまりですっていうんじゃなくって、そういうの考えてみようよって促してよーー!!
考える力って学習内容だけじゃないですよ、生活すべてですよーー!!
「このままでは考える力が養われるとは思われません」とアンケートに書くかどうか、言い過ぎなのではないか(モンペか!?)、迷ってます(笑)
先日、そんな仕事仲間で、小学生の子を持つ日本に長らく住む米国人の友人のホームパーティに参加した時、こういう話をしたら、全く同感!日本の学校考えさせるってことをしなくて大丈夫かー!?という話になりました。
仕事の評価でagreeable過ぎるっていうのはよくない評価なんですよ!!と。
とはいえ。
そこに参加している日本人の方々、とっても優秀でできる方々、
日本で義務教育を受けた後、外国で教育を受けたり、マルチナショナルな環境で活躍されている。
ルールで縛られた環境で過ごしても、それを超えた創造の側に行けるんだ、ということが望みになります。
私は思考力の足りない、思考力を求める一般市民ですが、
思い返してみると、結構小さいころから、
あー、こういうルール馬鹿らしー、面倒だから表面上は従っているふりをしてうまいことすり抜けよう、と義務教育時代は日々感じていたことを、子どものきまりの理不尽さを見て思い出しました。
そして大学生になって留学生の友人ができ、え、こんなのありなんだ!というのに毎日直面し解放され始め、
自由の国に留学して、あー自分で全てを決められるってなんて幸福なんだ、と自由を謳歌し、
マルチナショナルな企業に勤めて自由ってすごいけどしんどいのね、と感じ、
でも基本的に自由に物事を考えて決められることに幸せを感じています。
そして、私が子どもにおうち英語をしたい理由の大きな一つです。
世界は広い。日本がすべてではないのよ、ってことを知ることができる大きなチャンスを得られるよね。
私は外の世界を知ってなんだか窮屈だなーって思う世界から解放されたので。
おうち英語いつもながら進みは亀ですがーー。
娘が小学校に入って半年で、自由に物事を考えて決めるという、私にとって人が生きていくために大切だなあと思うことが、小学校生活ではどうやら得ることが難しいのではないかと感じ、
そして娘もルールを信じて真面目に守るタイプなので、
家では「ダメと言われてからが勝負だ」と言い続けることにしたいと思います。
家族には、「あまり言いすぎるな、ルールを守ることは大事なんだ!」と言われます。。。
うん、分かります。日本で快適に住めるのはみんながルールに従っているからで、必要なことはよく分かっているつもりです。
なかなか両方を求めるのは難しいですね。
皆さんどうしてますか?