私は、おそらく、一般的な日本人よりは多少、英語ができる。

買い物、レストランでの注文、ホテルのチェックインなどは、よほど専門的な言葉が出てこない限りはスムーズにできると思う。

 

そんな私が、例えばアメリカ人とキリスト教をテーマに話をするとしよう。

イエス・キリストが英語ではジーザス・クライストであることくらいはわかる。マリアがメアリー、ペテロがピーターのように日本で知られているキリスト教関連の名前は英語読みではなく、英語の場合は読み方が変わるということも、知識としては知っている。

 

だが、「新約聖書」「旧約聖書」を英語でなんと言うか、すらっと出てくる人はどれだけ居るだろうか?

ちなみに私はわからなかった。「New なんとか」「Old なんとか」であろう、ことくらいはわかるが。

私はキリスト教徒ではないため、そもそも、日本語であってもキリスト教関係の用語には疎いし、日本語ですら知らない言葉を英語で知っているわけがない。

 

dakeyoよ、それはお前が馬鹿なだけだ、と言う人も居るだろう。

 

だが、特定の、専門用語が出てくる内容の話を外国語で外国人とするというのは、相当ハードルが高いと私は思う。

 

それをやってのけたとある作家がブログで述べている。

よほどその作家氏は語学が堪能なのか、あるいは相手が日本語が堪能だったのか、それとも時間をかけて辞書を引きながらじっくりと語り合ったのかもしれない。

 

Buddhismが仏教くらいは知っているが、大乗仏教、小乗仏教は、それぞれどんな意味なのか私はそれもよくわからないが、英語でなんというのか皆目分からない。

キリスト教関連なら、天使がangelで、大天使がarchangelくらいは知っているが、その程度だ。

仏教の阿弥陀如来、観音様などを英語でどういうのかと言われたら、まったくわからない。

 

私が無知でバカなのはご容赦いただきたい。

 

私は外国語で宗教談義ができるレベルの語学力がある人を素直に尊敬する。

 

それほどに英語ができる人物が、サンキューレターすら自分で書かずに翻訳募集というのはこれまたよくわからない。