C親父がブログで発表したBの経歴は「脚本」だったと言う。

いまでも「経歴が脚本だった」の意味が判らぬのだが、あのBの経歴を見て、私は何とも言えないものを感じた。

 

というのも、C親父としては、Bの経歴はこんなに素晴らしいと、Bの経歴を書くことでBの評判があがると思っていたように読める。

「脚本」と言うことは、C親父が披露したBの経歴は事実だったのか、事実でなかったのか。ノンフィクションの脚本もあるだろうし、脚本=事実ではないということではないだろう。

そもそも「経歴は脚本だ」という言い方は正しい用法ではないと思うが、売れっ子脚本家の設定のTはC親父に指導してはいかがだろうか。

 

Bは30代前半。慶應大学文学部卒。イギリスのグラスゴー大学に留学経験があるという。現在はおじが経営する商社で腰掛の仕事をしている。C親父の書きぶりだと、朝9時にきっちり出勤し、17時に退勤するような感じではなく、もっと自由にフレキシブルな時間で勤務しているかのようであった。

 

私はこれを聞いて、果たしてそれが自慢になる経歴なのだろうかと頭をひねった。

学歴はよいとしよう。

しかし、文学部とはいえ慶應大学卒なら、同級生は一流企業の総合職や、官僚や地方公務員になっている人だって多いだろう。

おじの経営する商社がどのレベルかわからぬが、大して出勤もしなくて済む程度のところなら、あまり規模が大きかったり、上場しているとは思えない。決して「超一流企業」ではないと思わる(そういうところは下っ端の社員がまともに出勤しなければいかなるコネでも問題になるだろう)。

慶應文学部卒で、超一流企業でもない。総合職でもない。同級生は誰もが知っている企業の総合職や官僚が居る。海外の名門大の大学院に進学した人も居れば、30代ならすでに慶応大学で講師をやっていたりする人だっているだろう。私がBの経歴なら、同窓会に行って多少なりとも肩身の狭さを感じると思うのだ。
友達と集まれば、否が応でもその差に気づくだろう。

 

そうでなくても30代前半になれば、結婚した人、していない人が徐々に出てくる。総合職や官僚にはならずとも、名家の子息と結婚した人もいるだろう(名家の子息でなくてもよいが)。

仕事も大したことない。結婚もしていない。留学までしたんだから英語を生かしてもっとバリバリ働くほうが良いのではないか?そう言われることもあるのではないか。

 

あの経歴を「よい」と思うのは、まだまだ女性の社会進出が果たされていなかった時分の男性の感覚のように私には見える。

少なくとも、女性の総合職の就職が当たり前になった私の世代、さらにそれより下のBの世代が素晴らしい経歴だと手放しで絶賛する経歴ではないと私は思うのだが。

30代前半ともなれば、大卒後、少なくとも会社に7年程度は勤務していることになる。「お局」と呼ばれる年代でもあるだろう。

私は女性を年齢で区別することは愚かな行為だと思うが、Bを含むチームTの面々は、皇室がらみに関係なく、女性に対し辛辣なことを散々書いている。

ならばチームTの面々も、同じように意見、論評されたとしてもある程度は致し方ないと私は考える。