話したいことはいっぱいあるんだけけど・・・
想いを言語化するのに、少し時間がかかってしまうので・・・。
たった数行のことを書くだけで、平気で1~2時間かかってしまったりするので・・・
だったらその分、練習したり曲作りの時間に充てた方がよいのではないか?
なんてつい思ってしまう。
そして、「息抜き」と称してダラダラと過ごしている。
想いを言語化するって、やっぱりちょっと大変な作業だし、
自分と向き合うのが元来苦手なタイプなので、つい億劫になってしまうのだ。
という、言い訳はそこそこにして。
昨日、YouTubeで森山良子さんの動画を観ていた。
あの有名な「さとうきび畑」を、どこか大きなホールで、舞台でたった一人、ギター1本で歌っていた。
それが、コトリと胸に響いてしまって、大きな衝撃を受けたのです。
もともと、あの曲は苦手でした。
単純なメロディが延々と続く・・・
歌詞の内容を考えれば考えるほど、辛く苦しくなっていく。
森山良子さんの澄んだ声で歌われると、どこか「逃げ場がない」気持ちに陥る。
だから、なるべく聞かないようにしていたのに。
小柄な身体にMartin 00-45を抱えて、淡々と歌う姿を見たら、目が離せなくなってしまいました。
繊細な歌声と、繊細なギターの音色。
これ以上ないくらいのシンプルさなのに・・・
この伝わってくるものの大きさは一体なんなのだろう。
そして、なんてかっこいいのだろう。
Martin 00-45 欲しい!
いや、そこじゃなくて(笑)
ここ最近、私がギターで弾き語りをしてきたのは、そうしたかったわけではなくて、単純に伴奏者がみつからなかっただけなのです。
プロを頼めばお金もかかるし、リハーサルやら何やら、スケジュールを合わせるだけでも一苦労。
いつでも気軽に伴奏してくれる人が身近にいたらいいんだけど、見つからなかったものだから、仕方なく始めた。
当然、ギターが上手いわけでもなく、当初は間に合わせのつもりでした。
で、やってみて気づいたのですが、ギターの弾き語りって思っている以上に難しい(汗)
やっている人は、当たり前みにたいに上手に歌いながら弾いていますが、いざ自分がやるとなると、とっても大変。
なんでも、ギターを始める人の9割は、途中で挫折するのですって。
だから、人前で弾き語りをしている人って、やめなかった1割に入っているひと。
誰にでも簡単に出来そうで、実際はそうでもないのが弾き語りなんですねぇ・・・
かくして、私の練習時間の9割はギターに費やされることになったのですが、このギターが、びっくりするほど上手くならない。
どう頑張っても間違える。
その上、記憶力悪いものだから、コード進行が覚えられない。
譜面を見ないで弾こうとすると、記憶力テストみたいになってしまう。
ギタリストになろうってわけではないのに、こんなに頑張ってギター練習して、あんまり成果も出なくて、この方向性は正しいのだろうか・・・?
と、いつも思っているのです。
そこに、森山良子さんの動画。
カッコ良すぎる。
音楽って、ホントは誰かと共に奏でることで生まれるシナジーが醍醐味だと思うのです。
それはすごくそう思う。
ただ、弾き語りでなければ表現できない何かもまた、確実に存在している。
それは薄々感じてたけれど・・・
森山良子さんの歌う「さとうきび畑」を聴いて、強く納得したわけです。
「神は細部に宿る」God is in the details.
シンプルなものほど、ごまかしがきかない。
奏でる人の力量はもちろん、人間性の全てが音に現れるから。
とても怖い。
でも面白い。
それが弾き語りで歌うということだと思った次第。