半年ぶりぐらいのブログ更新になってそうです。夏にはブログを書きたくなる何かがあるのでしょうか。
今回のテーマは「なぜ『アリとキリギリス』を規制すべきか」です。
『アリとキリギリス』の大まかなストーリーは、勤勉に働くアリと遊んで暮らしているキリギリスがいて、夏は両方とも生活していられたのだが冬になったらキリギリスは苦しみ、本によりますが死ぬというものです。
これは普通に読んだら「勤勉であるべき」という教訓話のように見えます。
一方でこれを「社畜養成のためのものだ」と読む人もいます。それはそれで面白いですが一旦置いておいて。
私がここで何を主張したいかというと、「『アリとキリギリス』は軍国主義的だ」ということです。
よく考えてみましょう、アリはなんのために働いているのでしょう?
アリは「女王アリのため」「巣のため」に働いているのではないでしょうか?
そう、これは、臣民が「天皇のため」「国のため」に働くという戦前の思想そのままです。
そしてキリギリスは何を表しているか、もちろん、そのような人々を客観視して批判的な態度をとる言論人たちです。
つまり、この物語は軍国主義の言論人に対する勝利、即ち言論弾圧を描いているのです。
そしてこの物語は軍国主義が言論弾圧に成功したところで終わる。つまり言論弾圧の恐ろしさを全く描いていないのです。
これが軍国主義的でなければなんだと言うのでしょう!
私たちはこんな恐ろしい物語を聞かされて育っていたのです!
では我々は何をすべきか。
1つは『アリとキリギリス』をボイコットする。
あるいは、『アリとキリギリス』の結末に戦前軍国主義の末路を付け加える。
このいずれかしかありません。我々は岐路に立たされています。