影宮です。
先日のメールマガジンをご覧になった読者の方から、たくさんのお祝いメールを頂きました。本当にありがとうございます。
*ちょっと照れますけどね。
今日のお話は、
「毒親というテーマについて」
というお話です。
まだまだ、この毒親という言葉の理解が世の中に浸透していないことをつくづく痛感します。
他の専門家の方がどのようにお考えなのかは、私にはわかりませんが少なくとも私にとっては、
「親に対する責任追及」
のために、(毒親)という言葉を利用しているつもりはありません。
毒親という言葉は、
「問題のある親元で養育された子供が、問題のある親から自己の身を守るために生み出された言葉」
だと私は考えています。
*機能不全家族や共依存という問題を抱えた親から、子供が分離するためのきっかけになる一つの概念と考えても良いかもしれません。
「いい歳して親のせいにするなんて」
「どんな親も完ぺきではない」
「問題のある親に育てられたとしても、おとなになったら自分の責任でしょう」
こういう意見にいつも思うことがあります。それは、
「人間性に問題のある親に育てられたことによる弊害を一方的に押し付けられ、大人になったら(自己責任である)という理不尽な話はいかがなものでしょう」
私自身も本当にたくさんの方の悩みにこれまで向き合い、そして数えきれないほどの問題のある親にも遭遇しました。
だからこそ私は思うのです。
「自己の小さな尺度で他人の苦しみを図るな」
とですね。
本当に存在するんですよ。どうにもならない親が世の中にはたくさん。子供を明らかに不幸にする親がいくらでもいます。そんな親に育てられた人に対して、
「いい歳して親のせいにするなんて」
なんて言葉は絶対に言ってはなりません。
本当に親との関係で苦しみ抜いた人は親のせいにするために、(毒親)という言葉を利用することは無いと思います。
ただどこにも向けることのできない一方的に理不尽を押し付けられたことに対する怒りや憎しみの感情を、この言葉をきっかけとして解放しているだけではないでしょうか。
「毒親という言葉に過剰な拒絶反応」
をする人は、よく自身と対話を重ねてみてはいかがでしょうか。
その拒絶の裏にこそ、その人の本質が隠されているかもしれませんよ。
*こういうつまらない論議はいい加減終わりにしたいものです。毒親問題は、「親の責任追及」とか「親を責める」とかそういう低次元の話ではありません。親子の関係性が子供の人格形成にどのような影響を与えるかどうかの話です。(親の責任がどうたら~)など少なくとも私はその次元でお話をするつもりはありません。
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