武士道
新渡戸稲造の「武士道」は、明治32年に米国で英語で出版された。副題に「日本の魂-日本思想の解明」とある。執筆の切っ掛けはベルギーの法学大家でるド・ラブレーから「日本の学校に宗教教育がないのにどうして道徳教育を授けるのか」と聞かれて即答できなかったことだそうだ。その答えが日本人の精神に深く根付いた「武士道」だった。
いずれにしても明治の日本人が世界に向けて日本の道徳の本源を発信した意義は大きい。
武士道は、桜花と同じく日本の土地に固有の花であり、武士のみならず大衆の間に酵母として作用し、全人民に対する道徳的標準を供給したと記されている。
そしてこれを本居宣長の
敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花
がよく表現しているとしている。
この著作の中で印象的なのは、愛、寛容、愛情といった所謂「仁」を古来最高の徳であり、王者の徳と位置付けている点である。そして孟子の「不仁にして国を得る者はこれあり、不仁にして天下を得る者はいまだこれあらざるなり」を引用していることだ。そのうえで、「忠義」に関しては、武士道は我々の良心を主君の奴隷となすべきを要求しなかったとして、自己の良心を犠牲にする者を「佞臣」としている。「忠義」はあくまでも「仁」を備えた主君に対するものだということだろう。確かに主君の誤りを自らの命と引き換えに諌めた忠臣の話はよく耳にする。
また武士の教育において守るべき第一の点は品性を建にありとしている。そして知識でなく品性が、頭脳でなく霊魂が琢磨啓発の素材として選ばれる時、教師の職業は神聖なる性質を帯びるとしている。
口汚い言葉で考えの異なる他人を屈服させようとする行為は、武士道の対局あるということか。
大東亞戰爭終結ニ關スル詔書
終戦記念日を前に昭和天皇が天皇の大権に基づいてポツダム宣言受諾に関する勅旨を国民に宣布した文書を改めて読んだ。特に感銘を受ける部分を抜粋。
抑々帝國臣民ノ康寧ヲ圖リ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範
ニシテ朕ノ拳々措カサル所曩ニ米英二國ニ宣戰セル所以モ亦實ニ帝國 ノ自存ト東亞ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他國ノ主權ヲ排シ領土ヲ侵ス カ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス
「臣民ノ康寧ヲ圖リ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範
ニシテ朕ノ拳々措カサル所」の部分は今上天皇も実践しているところだと思う。
朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民 ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ 時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム 宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ 念ヒ總力ヲ將来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精 華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕 カ意ヲ體セヨ
「若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム」は現在の政治状況にも通じるかもしれない。
「宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ 念ヒ總力ヲ將来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精 華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ」については今こそ噛みしめなければならないのではないか。
「道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ」の部分は、あくまでも「臣民ノ康寧ヲ圖リ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスル」が目的だと思います。
