12月。全日本フィギュアまであと少し。

雑誌の記事にスポーツニュースの特集。

充実の挑戦の毎日がいろんな形で伝わってくる。

大ちゃんが笑顔でスケートに向き合う毎日は

ファンである私にとってもちょっと新しい「髙橋大輔」の発見。

 

発見といえば、この秋のちょっとした発見があった。

 

先日ある番組で楽器演奏には認知症の予防効果があると聞き,

50代に入り記憶力の衰えを感じていたこともあり

久々にピアノを弾いてみた。

ピアノは幼稚園から小学校までの習い事の一つで

ひととおりの教則本と初級レベルの作品を

発表会向けに練習した程度。

中学生になって部活や受験勉強が忙しくなり

レッスンに通うのをやめた。

その後は,休みの日にポップスをに弾いてみるくらいだった

娘が生まれてからはピアノは娘のもの。

その娘が独立して弾き手のいなくなったピアノの蓋を

久々に開けてみた

 

娘の教則本には先生の書き込みがたくさん

自分も習ったなじみの曲のページを開く。

40年ぶりに弾く練習曲は、さすがに指も回らない

以前は詰まらずに弾けたフレーズに何度もつまずく。

頭の中でメロディーだけがどんどん進み、指が追いつかない。

でもふと気づくと、その追いつかない状態を

結構楽しんでいる自分がいた。

何故だろう?以前はそれがストレスだったのに

 

習い始めの頃は先生に合格をもらったら

曲のタイトルの脇に花のシールが貼られていた

それをもらうのが嬉しくてレッスンに行くのが楽しみだった

でも教則本が進むにつれて合格はなかなかもらえなくなる

ミスタッチなく規定のテンポで弾けるようになっても

楽譜には先生の書き込みが増えていく

レッスンに通うのをやめたのは、実は忙しくなったからでは

なかったかもしれない。

 

あの頃、ピアノを弾くこと=曲をすらすら弾けるようになること 

40年経った今、弾けないことがまず当たり前。

そんな気持ちで曲と向き合うと、

先生の書き込みの意味が不思議とよくわかる

それが曲を彩り豊かにするポイントで

曲を書いた人のメッセージであるということ

書き込みを気にしながら

少しずつ丁寧に弾いてみる

それが今の私のピアノの練習

 

この箇所が好きだなと感じるフレーズが

思うように弾けるとなんだか嬉しい。

次は全体の流れの中で

そんなふうに弾けたらなと思う。

今の私に簡単にできることではないけれど

そしてできる所まで行けるかどうかもわからないけれど

 

そんなピアノとの再会を

大ちゃんの現役復帰と勝手に重ねてしまう

元世界チャンピオンの挑戦と

オバサンのピアノへの挑戦

次元が違うのは承知の上で

 

だって大ちゃんの今の笑顔がとても素敵で

ついその秘密を探りたくなってしまう

大ちゃんの「今」を,そのカケラを

体験してみたいと思ってしまうのだ