※くだらない話が苦手な人にとっては恐らく閲覧注意である。


「○○とかけて

△△と解く

そのココロは・・・」

所謂、掛け言葉である。

噺家のイメージが強い言葉遊びだが、素人でも容易く、しかも一人で遊べることを知っているだろうか。

「独楽」はコマと発音するが、ドクラクと読むことも出来、その意味は文字通り一人で楽しむことである。

一人で楽しむものは他にもあるがまぁ、今は触れずにおこう。

その掛け言葉。
本来は、ちゃんと最後にオチを見事に決めるものだが、これを「落とさない」という方向へ持っていくやり方でこっそりと遊んでいたことがある。


「真夏の太陽とかけまして」

「千代の富士の上手投げが決まらなかった時と解きます」

そのココロは

「どちらも空を飛びません」

・・いや、まぁ、これが面白いとは言わぬが、聞いた人に「何だそれ」と言わせるような「落とさない」オチ(?)を考えるのは個人的に楽しかった。

ただ「真夏の太陽」も「千代の富士の上手投げが決まらなかった時」も「空を飛ばない」ということは共通している。

「A」とかけて「B」と解く、そのココロは「どちらもCではない」
と論理的な破綻は見かけられない。
(「掛け言葉の意味・遊びを知った方がいい」という意見は今は無視。一応知ってはいるのである、私)

もう一歩踏み外してみよう。
難しいのは「お題」「解き言葉」「オチ」がどれも繋がらないよう、シュールな展開にしていくのだが、それは頭の回転の速さも求められ、上手く行った時は内なる自身にドヤ顔を決めていた。

それはこんな感じである。

「青函トンネルとかけまして」

『青函トンネルとかけまして?』

「溢れんばかりの優しさと解きます」

『ほう、青函トンネルとかけまして、溢れんばかりの優しさと解くと。
そのココロは?』

「二酸化炭素だけにCo2」

真っ当なヒトは聞いてもどこが面白いのか分からないであろう。
それが当然である。

ことほど左様にくだらないことが好きな私であった。
いや、今現在もスキ。
そして恐らく明日も。