私の大好きな写真家にアンリ・カルティエ・ブレッソンという人がいる。

街のスナップやポートレート撮影が主な作品だが、どれもこれも文句の付けようのない素晴らしい写真である。


そもそもプロの仕事に「文句」なぞ言えるはずもないことは承知している。
それでもそう言いたくなるほど素敵な写真なのだ。

作為的でない日常を写すスナップ写真で、あれだけの完璧な構図をトリミング無しで切り取る力量は素晴らしく、また年を経てもその煌めきは失われていない。

「決定的瞬間」とは良く使われる言葉だが、それはブレッソンの母国フランスとアメリカで同時発行された写真集のうち、アメリカ版のタイトルが由来とされている。

「The Decisive Moment」
 (決定的な瞬間)

一方、フランス版のタイトルは

「Images à la sauvette」
 (こっそり撮られた画像)

である。

アメリカ版とフランス版でのタイトルのニュアンスの違いが面白い。

アメリカ向けにはアメリカらしいと言っていいのか、ハリウッド映画のタイトルのような「ドーン!」とした言葉、音で耳目を集めるような、フック性の強いタイトルを付け、一方フランスはやはりフランス映画のような、日々の生活の中でのちょっとした差異や面白味をさりげなく提示してみせ、見た人それぞれの中でジワジワと咀嚼していき、解釈を創り上げるようなタイトルを付けたと思う。
(勿論私感)

方向性がそれなりに違うタイトルだと思うが、ブレッソン本人はどう思っていたのだろう。

私は「決定的瞬間」も素晴らしいタイトルだと思うが、「こっそり撮られた画像」の方がどちらかと言えば好みである。

ただ、アメリカ版タイトルの方が話題にもなり、人口に膾炙するという意味では優れているのだろう。
もしフランス版タイトルで統一されて発売していたら後世、会話や文章の中で頻繁に使われる「決定的瞬間」のようには「こっそり撮られた画像」はならなかったのではないだろうか。

パパラッチ界のエースとなる可能性はあるかも知れないが。