なんだかJ-popあたりにありそうなタイトルだが、証明写真やパスポートの写真は何故あんなにも、ああなんだろうと思うことがままある。

いや、私の場合撮る度にある。
正確には撮られる度に、である。
自分で自分を撮影する行為なんぞ私の辞書にはない。
広辞苑にもGoogle検索にもない。

魂の抜けたような表情、どこを見ているのか分からない目、口角の下がった口元、ピョコンと立った髪、血色の悪い肌、ジョニーデップに見えない等、どこからどう見てもそこに写っているのは私ではない。

自然に美しく枠内に収まっている方々は私に言わせると「真顔マスター」である。
それほど真顔で撮影されることは難しい。

何故だろう。
緊張するからなのだろうか?
いや緊張なんかしやしない。
今どき相手は機械であることが殆どだ。奴らに緊張するほどこちとらヤワではない。
(優しい女性の声音でガイドしてくれるのは少し嬉しいが)

いや待てよ。
今まで幾度となく撮影して来た経験則から今度は上手く撮れるように、今度こそは真の私を撮って戴けるように(機械様に)無意識の内にプレッシャーを感じ、結果、どんどん顔が強張っていくということはあるかも知れない。

外国の人(特に欧米さん達)のパスポートの写真は何なのあれ。
ニヤリと微笑んでいるものばかり。
初めて見た時は不思議な感じがしたものだ。
(あれはどの程度の崩しまで許されているのだろう。
流石に舌を出したらアウトだとは思う👅)

日本では凡ゆる証明写真に真顔必須だが、彼等からしたら「微笑んでいる方が自然だろう?しかめっ面の人間と仲良くしたいか?」てなもんなんだろうし、当然日本式の真顔スタイルには違和感を感じるだろう。
文化や習慣の違いが生む価値は一方通行ではないのだ。

しかし私が真顔が苦手だからといって、「しょうがないなぁ・・じゃあ、貴方は笑顔でいいですよ。」などと言われたらそれはそれでやはり困るに違いない。

目出し帽を被りサングラスを掛けさせて貰えれば私ほど写真写りがいい人間はいないのだが。