母は愛するよりも愛されたいひとであった。

与えるより与えられたいひとであった。

 

周りのひと全てからチヤホヤされたい欲求が

大人になり、母になり、祖母になっても抜けなかった。

あれは一種のヒロイン願望なのだろうか。

自分とは性質の違う女性なのでいまだによくわからない。

 

母の日が近づくと、我が家の食卓の上には

カーネーションの写真やイラストの入った

チラシがこれ見よがしに広げられていた。

それを見ると、もうすぐ母の日かと、いやおうなしに気づかされる。

 

母は後年、あれわざとやってたのよ♪とウィンクするように言ったが

そのプレッシャーはしっかり娘に届いていた。

 

*****

 

小学校の頃、月のお小遣いが1000円もなかった子供が

母の日に何かを贈りたいと思ったとき、どうするか。

 

欲しかった380円の漫画本を我慢することにして

自分のおこづかいから500円をねん出した。

 

1本のカーネーションにかすみ草が少し、それにセロハンと

リボンがかかったものをスーパーの店先で買う。

時は80年代。バブル絶頂で物価は今よりも高かった。

 

私は母がきっと喜んでくれるだろうと思って意気揚々と帰った。

茎をいためてしまわないように、自転車のかごに入れて

そっと手を添えながら走った。

 

母は、

「まあ。ありがとう」 と言って笑った。

母は小さなガラスのコップを出し、茎の下のほうを斜めに切って

セロハンの花束ごと入れて食卓に飾った。 なぜだかはわからない。

けれど子供の私はお花1本だけで寂しそうだったからかな、と思った。

 

カーネーションを渡したときの母の反応は、

帰路の甘い想像と違ってとても淡泊なものだったが

私はまだ幼く素直だったので、ありがとう、と言われたことが嬉しかった。 

よかった、と思った。

 

母は、その翌日

「母の日が終わって安くなってたから買っちゃった☆」と言って

大きな鉢植えのカーネーションを買ってきた。

 

母はその立派できれいなカーネーションをサイドボードの上に飾り

私が買ったたった1本のカーネーションは食卓の上でポツンと枯れていった。

 

母に悪気はない。 わかっている。

安くなってたから(得したような気がするから)嬉しいのだ。

ただ、他者の気持ちに鈍感なだけ。 それだけだ。

 

 

母はその後の30年以上、

毎年めぐる母の日の翌日や翌々日に

安くなったカーネーションを買ってくることが何度かあったが

私はそれから一度もカーネーションを贈っていない。

 

母は花が好きなので、花を贈る年もあったが

薔薇と合わせた花束や、寄せ植えを贈ったりしたことはあるけれど

カーネーション単体の花束は贈ったことがない。

まして、カーネーションの鉢植えを買ったことは一度もない。

 

それが、私なりの小さなプライドだったということは、

母はきっと、死ぬまで一生気づかないだろう。