母は愛するよりも愛されたいひとであった。
与えるより与えられたいひとであった。
周りのひと全てからチヤホヤされたい欲求が
大人になり、母になり、祖母になっても抜けなかった。
あれは一種のヒロイン願望なのだろうか。
自分とは性質の違う女性なのでいまだによくわからない。
母の日が近づくと、我が家の食卓の上には
カーネーションの写真やイラストの入った
チラシがこれ見よがしに広げられていた。
それを見ると、もうすぐ母の日かと、いやおうなしに気づかされる。
母は後年、あれわざとやってたのよ♪とウィンクするように言ったが
そのプレッシャーはしっかり娘に届いていた。
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小学校の頃、月のお小遣いが1000円もなかった子供が
母の日に何かを贈りたいと思ったとき、どうするか。
欲しかった380円の漫画本を我慢することにして
自分のおこづかいから500円をねん出した。
1本のカーネーションにかすみ草が少し、それにセロハンと
リボンがかかったものをスーパーの店先で買う。
時は80年代。バブル絶頂で物価は今よりも高かった。
私は母がきっと喜んでくれるだろうと思って意気揚々と帰った。
茎をいためてしまわないように、自転車のかごに入れて
そっと手を添えながら走った。
母は、
「まあ。ありがとう」 と言って笑った。
母は小さなガラスのコップを出し、茎の下のほうを斜めに切って
セロハンの花束ごと入れて食卓に飾った。 なぜだかはわからない。
けれど子供の私はお花1本だけで寂しそうだったからかな、と思った。
カーネーションを渡したときの母の反応は、
帰路の甘い想像と違ってとても淡泊なものだったが
私はまだ幼く素直だったので、ありがとう、と言われたことが嬉しかった。
よかった、と思った。
母は、その翌日
「母の日が終わって安くなってたから買っちゃった☆」と言って
大きな鉢植えのカーネーションを買ってきた。
母はその立派できれいなカーネーションをサイドボードの上に飾り
私が買ったたった1本のカーネーションは食卓の上でポツンと枯れていった。
母に悪気はない。 わかっている。
安くなってたから(得したような気がするから)嬉しいのだ。
ただ、他者の気持ちに鈍感なだけ。 それだけだ。
母はその後の30年以上、
毎年めぐる母の日の翌日や翌々日に
安くなったカーネーションを買ってくることが何度かあったが
私はそれから一度もカーネーションを贈っていない。
母は花が好きなので、花を贈る年もあったが
薔薇と合わせた花束や、寄せ植えを贈ったりしたことはあるけれど
カーネーション単体の花束は贈ったことがない。
まして、カーネーションの鉢植えを買ったことは一度もない。
それが、私なりの小さなプライドだったということは、
母はきっと、死ぬまで一生気づかないだろう。