繰り返しになるが、私は「調布のおばさん」が嫌いである。
伯母は、おせっかいで、干渉好き。
そんな自分を善人と思っている。
最悪なのは、とにかく話がくどくて長い。
自慢話と、他人との比較が主たる内容である。
自分が言いたいことを1から100まで全部言い終えるまで
マシンガントークはとまらない。相槌さえ、口をはさむ余地はない。
言いたいことを言い終えると、彼女なりの社交辞令で
急に思い出したように相手の話を聞くそぶりで水を向けるが
相手が口を開くなり、最初の数秒でまた話を自分のほうに持っていってしまう。
そんな社交辞令パターンはいつも同じ。
<伯母> そういえば!とばかりに、急に近況伺いや質問をしてくる
<私> それに応える
<伯母> 話の端緒だけを数秒聞いて早合点する ・・・ A を B だと早合点する ・・・
話を最後まで聞くことも、人の話を理解しようとすることもできない。
<私> 伯母の早合点に驚き、いやいやそうじゃないんですと誤りを正したくても
一方的トークが途切れないのでまったく口をはさめない
<伯母> 誤解したまま、また自分の話に花が咲く
<私> そもそも社交辞令で話を振ってきただけで
伯母は相手が発する答えに興味はないのだから仕方ない
誤解を解くことはあきらめて、ひたすら伯母の話が終わるのを待つ。
数日後、または数年後、伯母から私に直接だったり
父か母を通して、ショーゲキの言葉を”たまわる”。
<母> 「あなた、調布のおばさんにAのことをBなんて言ったの?」
<私> 絶句 (いやいや。それは伯母さんの早合点)
<母> 「あなた間違えてるって、お義姉さん心配してたわ」
<私> 絶句 (間違えてるのは、おばさんだけだよ)
こんなふうに絶句することが、いったい幾度あっただろう。
ちなみに、AだのBだのの内容は大したことではない。
伯母は思い込みがはげしく、情報の処理能力がポンコツなのだ。
話すことばかりに脳が働くから聞く能力が退化しているのだろう。
そんな伯母の早合点を正すための労力より
私はさっさと伯母との会話から離脱することのほうを選択する。
これから先も、何度でも。
伯母が間違えて覚えようが、解釈しようがどうでもいいからだ。
けれど、こちらが諦めた”正し”を、自分が気づいた時点で
教えてやろうという上から目線でくる伯母の浅はかさと善人面には
何年たっても、人生50年に近くなろうという今でも、反吐がでる。
それを、ストレートに伝えてくる母にも絶望する。
***
例えば、の具体例を一つ記しておこうと思う。
結婚してしばらくして調布の伯母さんからご祝儀が届いた。
伯母とのかかわりが嫌で披露宴しないのに、
お祝いは遠慮する旨を父からも母からも伝えてもらってるはずなのに、
やっぱり届いた。
想定内だったのと、やはりお祝い事なので嬉しい気持ちもあった。
丁寧な手紙も添えられていた。
伯母のこういうところはえらいなと思う。
だからこそ、無下にできなくて、断ち切れなくていやになる。
新婚当時、主人の赴任先の盛岡に住んでいた。
盛岡はとてもいいところだけど、洒落た店はない。
東京暮らしのひとに気の利いたお返しを贈るのには限りがあるので
それなら無難なものをと思い、百貨店で香蘭社の茶碗セットを購入した。
私の好きなシリーズ、ローズの柄の描かれたもの。
クリームイエローの色あいと、和洋折衷の絵柄が柔らかくて優しい。
お揃いの茶たく(これも陶器)も一緒に包んでもらった。
お礼の手紙を添えて伯母に送ると、すぐに電話がきた。
ご祝儀のお礼でこちらから電話してから日も浅く、短期間で二度目の伯母との会話。
内心はわからないが、言葉上は喜んでくれているようだった。
「香蘭社の御茶碗、素敵ね。あなた皇室御用達って書いてあるじゃないの。
伯母さんたちにはもったいないわあ」 さも有難そうに、大げさに言う。
単なる大げさなのか、本物の無知なのか、或いはイヤミなのか。
伯母の真意はわからないが、対峙しながらまた胃がキュッとする。
早口でまくしたてているのを聞いていると
「それにね、お茶碗とお揃いのケーキ皿までつけてくれて!
・・・なんたらかんたら(もう違う話)・・・」
え???
今なんか変なこと言わなかった? ケーキ皿???
私の戸惑いなど気づくはずもなく伯母は絶賛マシンガントーク中。
一瞬、間違った品物を贈ってしまったのかと思ったが
梱包してくれるところも見ていたし、確かに茶碗&茶たくを贈ったはずだ。
!!!!! まさか、茶たくのことをケーキ皿と思ってる???
いやいや、いくら陶器だからって、ケーキ皿はもっと大きいからわかるよね?
だってそもそもティーソーサーと同じで、茶碗をのせる溝だってあるし・・・
などと私がぐるぐる考えている間も伯母の一人おしゃべりは止まらない。
でも、どうやらやっぱり茶たくをケーキ皿と思い込んでいるようだ。
「伯母さん、ごめん。それケーキ皿じゃなくて茶たくなの」
そのたった一言、たった数秒さえ、伯母は私に与えてくれない。
ほんの息継ぎ程度の1秒に満たないわずかな隙を待ち
「うん、でもあの・・・」と相槌を兼ねて一言を発したいのだが
うん、のところだけ聞いて伯母がすぐに言葉を重ねてくるので、
私にコメントのターンは回ってくない。
それでも、このまま誤解したままでは
いつか伯母が人前で同じことを言って恥をかくのでは、という心配と、
或いはまた「あの子はケーキ皿って言ってたんだけど」と私に責任転嫁される危惧で
なんとか、伯母の早合点を穏便に修正したいと思ったが
結局、伯母は私に”うん”以上を言わせなかった。
違う話題に移るタイミングで、とマシンガンが途切れるのを思ったが
伯母は区切りを入れることなく、そのまま違う話題に移行し甲高い声でしゃべり続けた。
40分後、伯母が出し切って満足する頃には私はもう疲れきっていた。
・・もう、どうでもいい、と思った。
せっかく伯母がそろそろ話を終えて電話を切ってくれそうなのに
ここで茶たくの話を持ち出したら、また延々と無限ループに付き合わねば
ならないかと思うとうんざりだった。
電話を切り、母に事情を説明した。
伯母さんがまた勝手な思い込みをしていること、
誤解をときたくても話をさせてもらえなかったことを伝えた。
そして、母に頼んだ。
何かの折に結婚祝いの話になったら、さりげなく伯母に
ケーキ皿ではなくて茶たくであることを言っておいてほしい、と。
世渡り上手、八方美人、の母が
自分の得にならないことや面倒なことはしない母が
そんなことを伝えてくれるはずもないと、100%確信しながら。
2020年。
あれから12年がたったけど、伯母が今もケーキ皿と思い込んでいるのか
茶たくと気づいたのかは定かではない。
いつかそれに気づいたとき、伯母はきっと思うのだろう。
あらやだ、あの子、ケーキ皿だって言ってたのに、と。
あの子間違えてるから、教えてあげなくっちゃ、と。
・・・ああいやだ。
もう縁を切りたい。縁を切りたい。