父との風呂の話がでたので、
少し脱線して母との風呂の記憶。
妹がまだ幼かった頃、妹は母と入るのが当たり前で
私はなぜかよく父に押し付けられていた。
母は子育ての話になるといつも
”年子で大変だったから、上の子はお父さん子に育てたのよ”
と自慢げに言うが、長女にとっては寂しく不幸な記憶ばかりだ。
妹が少し大きくなり、父と3人で入るようになったとき
私は幼いながらも不思議と安堵した。
私は、子供2人になったことをいいことに
「自分でお尻あらえる!」と言って、勝手にジャブジャブと洗うようにした。
妹は父に洗ってもらっていたが
私にしていたような洗いかたをしていたかどうかは知らない。
普通に考えれば、同じようにしていたと思うが
妹に確認したことも、妹とこのことについて話したことも、一度もない。
ただ、妹の性格から言って、
万が一彼女が私と同じような違和感を感じていたのなら
それを口に出さないはずはないので (理由はまた別途、妹の項で )
彼女のときには違っていたのかもしれないし、今となってはどうでもいい。
私はとにかく父との風呂が苦痛であったので
極たまに母と入れるときは、内心とても嬉しかった。
両親にはさとられないよう、特に喜びを表したことはない。
母との風呂は命令も威圧も嫌悪感もなく、楽しかった。
オール放任のフリースタイルだったから。
そして母の肌は白くて柔らかくてきれいだった。
子供に無関心ではあったけれども
ヒステリーを起こしていないときの母は温厚だった。
母との風呂の際には、もちろん髪も身体も自分で洗った。
もちろん赤ちゃんの頃にはやってもらっていたのだろうが
もの心ついてから母に洗ってもらったことはない。
できない、と甘えてみたらよかったのかもしれないけど
自分でできる子じゃないと一緒に入ってもらえないような気がしていた。
中学校になってからだろうか、ずいぶん大きくなってから、
祖母(母の母)と一緒に温泉へ家族旅行に行った際に
私の身体の洗い方を見て、祖母は驚いた。
「あなた、いつもそんなやりかたでお風呂入っているの?
〇〇〇(母の名)は知ってるの?」
父の股洗いから逃れ、母に気にとめてもらうこともないまま
もう何年もただ自己流でやっていた。
もちろん、母だって狭い浴室で一緒に風呂に入っていたのだから
娘の身体の洗い方だって見て知っている。 ・・・はずだ。 ・・・普通なら、だけど。
私は、祖母がショックを受けていることに申し訳ない気持ちになった。
でも、何がいけないのか、何か正解なのかわからなかった。
立ったままバッシャバッッシャと湯をかけるだけの身体洗い。
孫娘のそれを見た祖母は、これはゆゆしきことと思ったのだろう、
脱衣所・桶・タオルについて等、公共の浴場での基本的なマナーから教えてくれた。
そして、湯舟につかる前のエチケット。
洗い場でしゃがんで身体を低くした状態できちんと身体を洗う、
水しぶきがあがらないように、そっと肩から身体に添わせるように湯をかける。
横で見本を示して教えてくれた。
余計なことは言わず、大切なことを最小限のきれいな言葉で伝える。
私はそんな祖母が好きだった。
私は祖母にとっての初孫だった。
そして祖母は晩年、〇〇(私の名)は自分によく似ていると言った。
聡明で強くて優しい祖母が大好きだった。
どうしてあのしっかり者の祖母から依存心の強い母が生まれ、
その母から私のようなひねくれ者が生まれたのか。
女三世代の人生を想うとき、
私は母という異質な存在を、
やはり自分の母なのだと実感することができた。