(つづき)

 

小学校六年生。

この一連の、私にとっては重要な事件が続いていた頃

両親はマイホームを買うことを考えていた。

 

土地だけは東京郊外に購入していたので

あとは、転勤族の自分たちがいつ家を建てるか、を

決めあぐねているようだった。

 

父が30代後半。

同期の中でも誰よりも早く出世したことが父や母の自慢だったが

周りがちらほらとマイホームを購入していくなか、

自分たちもそろそろ、という変な競争心があったことは否めないだろう。

 

時は80年代前半。

日本はイケイケゴーゴーの空気に満ち、人々は消費意欲に燃えていた。

 

マイホームを購入して社宅から出ていくひとが一人、また一人とでるたび

母はうらやましそうに子細を報告するのだった

 

私は、自分の部屋が欲しかった。

 

父と母の購買欲に拍車をかけたくて

「〇〇ちゃんちもお家建てたって。うちはいつ建てるの?」

「うちの土地だけ、あそこ一体で家がたってないままで可哀相」

「私も自分の部屋ほしいなあ」

一生懸命にマイホーム購入をプッシュした。

 

いま家を建てればまた転校になる。

でも、それでも私は家を建ててほしかった。

鍵のかかる自分の部屋が欲しかったのだ。

 

誰にも言えない父のことを、考えずにすむように。

 

布団から顔を出して、ゆっくり安心して眠れるように。

 

小学校6年の頃、モデルハウスへ2、3度出かけ

父は家を買うことにした。

 

家が建つまではあっという間だった。

私と妹はそれぞれ、自分の部屋を与えてもらった。

 

鍵つきがいい!と言うと、

両親は必要ないだろうと最初反対したが

これだけは譲れなかった。

願いは聞き入れられた。

 

中学1年の一学期が終わる頃、家は完成した。

私たち一家はそれに合わせて

夏休みを利用して引越しすることになった。

 

私は入ったばかりの中学の友人と制服、

入ったばかりの部活のテニス部に別れをつげて

二学期からの新生活に備えて荷造りをしていた。

 

あと少しで、新居へ引越しという日。

再び、父が夜の子供部屋に現れた。

母には「ちょっと様子みてくる」とでも言っているのだろうか。

 

ふすまがそーっと開く音がして目が覚めた。

まさかと思ったが、思考が停止した。

心臓がドキんとした。

布団をかぶってなかったのだ。

 

中学にあがり部活で走り込みをするなかで

ぐっすり眠れることが増えてた。

喘息の発作もほとんど起きなくなっていた。

 

新中学生の私は目まぐるしい環境の変化のなかで

あれは夢だったのかもしれない、と

本当にそう思ってしまうくらい、忘れかけていた。

(忘れようとしていたのかもしれない)
 
「ああ、お父さん?」と声を出そうとした。
声を出せば父は何もしないとわかっているからだ。
 
でも声が出なかった。
そろりそろりと、私たちを起こさぬように?近づく父に
忘れかけた恐怖がよみがえり、心がフリーズした。
 
思わず寝たフリをしながら、
「こないで。こないで!! 寝顔を見たらそのまま帰って!!」
心でそう願いながら静寂の中でじっとしていた。
 
そして、その願いは裏切られた。
閉じたまぶたの上に、豆電球をさえぎる父の背の影がさす。
 
次の瞬間、父はまた唾液たっぷりの生ぬるい唇をおしつけ
私の唇を少し吸うように舐めた。
 
私は父に悟られぬように、今度は目をあけずに眠ったふりをした。
もしかしたら、この日以外にもされていたのかもしれないけれど
その気持ち悪さはとても寝ていられるようなものじゃいから、
おそらくこれが、父にとってはあの日以来のものだったと思う。
 
父は、本人にとっては父親としての愛情なのかもしれないが
ねっとりとしたキスを終えるとベッドから立ち上がった。
 
上に妹がいるが、妹のベッドにはゆかず
そのまま出口へいき、またそーっとふすまを閉めて去った。
 
凌辱感で震え、私は全身で自分を嫌悪した。
 
小学生のときよりも少しだけ大きくなっていた私は
その晩も、時間をおいてから、家族を起こさぬようにそっと
トイレでうがいをした。
 
嗚咽がもれそうになったが、泣くもんかと思った。
 
翌朝、やはり父は平然としていた。
母も妹も何も知らない。
私は、私自身も何も知らないふりを続けることを選んだ。
 
そのときの気持ちの複雑さは自分でもうまく整理できない。
今まで通りの家族の生活を守りたかったのと、
こんなこと言ったら父や母に怒られるのではないかという思い、
屈辱感、恥ずかしさ、悲しさ、苦しさ。
 
今おもえば、あのときに祖母や学校の先生、
保健室の先生などにでも相談すればよかったのかもしれない。
 
でも、子供にそんな知恵などあるはずもなく、
それよりも両親が大切で、両親に愛されたいという思いが
これを死ぬまで自分は黙っていなくてはならないと思わせた。
 
あと少しだ。あと少しで鍵つきの部屋で眠れる。
そう思って私は、また自分の心に封印をした。
 
 
*********
 
お父さん、覚えてる?
私ね、あれからずっと、40年近くものあいだ
誰にも話さずにきたよ。忘れようとしてきたよ。
お父さんの名誉のために。
 
でもね、お父さん、
私、もうだめなの。
 
お父さんがえらそうに説教したり、私に無理な指示を強いるたびに
社会人になっても、嫁に行っても、あれこれ干渉されるたびに
どす黒い、殺意に似た嫌悪感が、吐き気とともに襲ってくるの。
 
なぜ、中学生にもなった私にあんなことしたの?
鍵付きの部屋をあたえたら、もうできなくなるから?
そんな風にまで考えてしまうよ。
 
子供の頃と今では、私の視点も違う。
大人になった私は、あの頃の大人のあなたを
同じ大人として、どうしても許すことができないの。
 
もうあなたの存在自体が無理なの。
 
どうか解放してください。
でもきっと無理なんだよね。
あなたが解放してくれるわけないよね。
 
あなたか私のどちらかが死ぬまで
この苦しみは終わらないよね。
 
だから、ここに書くよ。
許してね。
 
だって夫にだって言えないもの。
だって、お母さんや妹にだって、言えるわけないもの。
 
お父さん、もし私を愛していてくれたのなら、
どうか早く死んじゃってください。
 
そしたら、ちゃんと悲しむ長女を演じてあげるから。
ちゃんと、あなたが立派な父親だったふりをしてあげるから。
 
 
 
 
 
 
 
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