ひなまつりの件、後日談。
5年くらい前だったろうか。
ひな祭りの頃、実家に寄った際に母から
『あなた、この雛人形ひきとらない?』と言われた。
私は40代半ばである。夫は転勤族である。
いまさら余計な荷物は所有したくない。
ましてや、私にとっては悲しい思い出の
”あの” 雛人形を引き取れというのか、この母は。
私が絶句していると母は
『そもそもね、このひな人形はあなたが生まれたときに
おばあちゃんが買ってくれたものだから』
と、恩着せがましく言葉を重ねてくる。
そして、何やら木の板を持ってくる。
『ほらほら、これ! ここに〇〇様(私の名)って書いてあるでしょ?
メグ(妹)が可愛そうだから、ずっとしまってあったんだけど
このひな人形はそもそもあなたのために買ったものなのよぉ』
さも大事な秘密を打ち明けるかのように、嬉しそうに言う母。
それで私が喜ぶとでも思っているのか?
それで私が感動して引き取るとでも思っているのか?
『メグ(妹)にあげたら?』 一応かるく言ってみた。
メグだって要らないという事をわかっていながら
言わずにいられなかった。
母はすかさず言った。
『メグのとこはいらないでしょ。
ユキタマたち(姪2人の名)に立派なやつ買ってあげたもの』
上あごの奥がツンとした。
子供の頃に泣けなかったぶん、今の私いは泣き虫なのだ。
でも、泣くものか。
妹の家には娘が2人いる。
上の子が初節句を迎えるとき、父と母は三越で
一番正面に飾られていた立派な雛人形を買った。
初売りで一緒に買い物に出たときだったので、私もそこにいた。
ショーケースタイプの私たち姉妹のものとは違い
正統派の大人っぽい顔立ちのきれいなお雛様だった。
母がよく『邪魔になるだけよ』と言っていた
八段飾りのタイプ。価格は30万円を超えていた。
両親は誇らしげだったっけ。
そんなことを思い出しながら
私たちの古びた小さなお雛様を見ると
さみしそうに見えた。
大好きだったおばあちゃんが買ってくれた
大好きだった大切な雛人形。
思いたち、ケースの引き出しを開けると
あの写真つきの商品冊子が出てきた。
一瞬胸がチクンとしたが、
父の書いたあのときの文字を確認する。
あった・・・。
あのときのまま、父・母・妹の名がしっかり記されていた。
そして、私のつたない文字も、
誰にも気づかれないまま、そのままそこにあった。
その事実はイコール、両親が忘れ、意に介さず、
あれから40年ものあいだそのまま放置されてきた
ということを意味していた。
『お母さん、悪いけどやっぱりうちはいらないよ。
うち転勤族だし。人形を引き継ぐ子供もいないしね』
邪魔になったのなら、お母さんの手で捨ててと頼んだ。
母は、処分するっていってもねえ、お人形だしねえ、
せっかくおばあちゃんが買ってくれたのにねえ、
とまだ言っていたが、私の心はかわらなかった。
今さら、何を言うのか。
あなたは私に、処分の罪悪感まで押し付けようとするのか。
涙の代わりに、思い切り嫌な言葉を重ねた。
『でもさ、お母さん、
私に子供ができなくて本当はちょっとホッとしてるんじゃない?
うちにも2人子供がいたら、出費がすごくて大変だったもんね』
母を悲しませるかな、と思いながら言った。
内心、自分が嫌でたまらなかった。
でも母は、悲しむでも怒るでもなく
図星という顔をして口をもにょもにょしているだけだった。
母が嘘をつくとき、その嘘をつかれたときに見せる
不安定な変な笑顔でいた。
お母さん、そんな顔しないでよ。
お母さん、やっぱりそう思ってたんだね。
私は更に毒を吐いた。
『あー、やっぱりそう思ってたんだ。
そうだよね、私がいま子供産んだって、
ユキタマ(姪っ子姉妹)のときと同じように
30万のひな人形なんか買えないもんね』
『私にも子供がいたら、お年玉だって
誕生日やクリスマスのプレゼントだって、
入学祝いや卒業祝いだって何だって倍になるんだもん。
そんなに大盤振る舞いできなくなるもんね。
私に子供できなくてよかったね』
母は最後まで聞かずに、きれた。
『うるさい!もう帰って』
両親は、いつだって、表面の言葉しか聞かない。
露悪的な言葉の裏に、積年ためこんできた思いがあることを
あのひとたちは一生気づくことはないだろう。