子供の頃はほぼショートカットだったが
5年生の途中から少し髪の毛を伸ばすようになった。
といっても、色気づいたわけではない。
腰までかかるようなロングヘアを目指したわけでもない。
ただ少し、髪結いが必要な程度に髪を伸ばしはじめたのだ。
きっかけは、押し入れの整理をしなさい(減らせ)と両親に言われ
下段にあった2、3の段ボールを片付けていたときだった。
幼稚園や小学校で描いた絵や作文、賞状や紙のメダル、
編みかけのリリアンや、友達にもらった折り紙のお手紙などが出てきた。
私の家は転勤族だったので、幼稚園2つ、小学校2つ分の思い出が
11才の段ボールのなかに放り込まれていた。
その中に、幼稚園の卒園アルバムがあった。
こんなのあったんだ、という気持ちだった。
段ボールの
両親が引越しのときに突っ込んだのかもしれない。
懐かしいな!ナミコ先生いるかな?と何気ない気持ちで
それを開けて、私はショックを受けた。
悟ったのだ。
幼い頃の淡い記憶がつながったのだ。
私は幼稚園で何度か
お友達に「〇〇ちゃん、きたなーい」と言われていた。
イジメというほどのものではない。
陰湿なイジメをするには皆まだ幼すぎた。
ただシンプルにその言葉を発していたのだ。
私は幼いなりに、チクンと傷ついたものの
「なんで?毎日お風呂だって入っているし。顔も洗ってるよ」
と、胸をはっていた。
心の中でつぶやいていたのか、言葉でじかに反論したのかは定かではない。
段ボールから出てきた卒園アルバム。
そこに写っていた6才の私は、確かに汚かった。
アルバムの中の女の子たちは
きれいに整えられたおかっぱや
可愛く結ばれたおさげの髪などでニッコリ笑っていた。
結び目には小さく可愛い飾りがついていた。
私はその中で一人だけ、浮浪児のような、だらしない恰好をしていた。
無精に伸びた髪を、左右高さの違う二つ結びにしていた。
自分で結んだかのような、力ない緩い結びかたで。
私は天然パーマだったので
ウネウネとした髪はまるでヘビ女のようだった。
友達は本能的にいやだったに違いない。
そして、みんながパリっとした半袖を着ているなかで
私だけがヨレっとした長袖を着ていた。
その袖は、やはり自分でまくったのだろう、だらしなく
左右非対称にまくられていた。
そういえば、ときどきナミコ先生が
私の髪をといてくれてたっけ。
〇〇はきれいで丸あるいおでこをしてるね、
と言って、おでこをあげてピンでとめ、髪をなでてくれたっけ。
おでこを褒められてうれしくてニコッとしたら
それから私を「おでこちゃん」て呼んでくれるようになったっけ。
・・変なこと思い出しちゃったな。急に思い出しちゃったな。
泣かない長女は、この時も泣きそうになった。
でも、誰もいなかったのに、やはりその時も泣けなかった。
ショックだったのか、それを消し去りたかったのか、
私はそのアルバムをパタンとしめて紙のケースに戻した。
そして、急いで妹のアルバムを探し
同じ幼稚園の一年違いの卒業アルバムを見つけだした。
そこには、きれいに髪を揃えられて
みんなと同じ長さの、キレイな白いシャツを着ている妹がいた。
(疲れたので続きはまた、あとで)
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