父との自転車特訓は単純だった。
私をサドルに座らせて自分は後部座席を握り
それを押しながら、
スピードが上がってくると手を離す、というやり方だ。
”そのまま自転車は前へすすみ
気が付いたらああ私乗れてるー!”
・・というのが父の描いた幻想だ。
でも娘は運動神経がにぶいのだ。
そして、父は力みが強すぎた。すべてにおいて。
後部座席の金属の部分に力を入れすぎているから
父が手を置いた瞬間に後ろのタイヤが沈む。
「いいぞーいいぞー。こげこげ。
よし!!そうだ上手だ。まっすぐ走ってるぞー。
お父さんまだ持ってるからなー。まだ離してないからなー」
ずっと大きな声を出し続けているから、
手をはなす瞬間、声が一段大きくなって、そのあと
遠ざかる救急車のようにボリュームが下がっていくことに気づいてない。
そして手を離す直前、
パッと後部座席の上部から背部に手を移動させるので
一瞬ポンと上下にタイヤが動く。
そのあと力いっぱい後ろから押すものだから
車体はその瞬間に左右にぐらッと揺れる。
父に押し出された瞬間の大きな左右揺れにビクンとしながら
不安定になった自転車のハンドルを必死ににぎり
離してないぞーと遠ざかる声を聴きながら私はまた転倒する。
タイツがやぶれ、かさぶたごと剥がれてひざから血が出る。
ひじや頬にも擦り傷ができる。
毎日その繰り返しだった。
父の無益な励ましを聞きながらトボトボと帰宅し
母は破れたタイツにため息をつく。
登校前に毎朝こんなことしていたのだから、
我ながらよく頑張っていたなと思う。
2か月近くたった頃だろうか、
季節がかわり、はらりと雪が舞い始めて、特訓はやめになった。
父はがっかりしていたが、私はホッとしていた。
母も別な意味でホッとしていた。
後半はやぶれたタイツを、数日はいていた。
重ね履きすれば破れた位置がずれるから大丈夫よ、という理由だった。
もう自転車なんて一生乗れなくていい、と思った。
小学校2年生となった翌年。
クラス替えで新たに友達になったヒトミちゃんと下校するようになった。
ある日、自転車で遊ぼうと言われ、乗れないんだ・・と打ち明けると
「えー?かんたんだよー。教えてあげるよ」とあっけらかんと言う
「でも私、運動おんちだから」
父との長きにわたる特訓ですっかり自信をなくした私は断りたかったが
「だいじょーぶだいじょーぶ」というヒトミちゃんに誘われるまま
その日、ヒトミちゃんのおうちに寄り道した。
ヒトミちゃんの家には子供用の自転車が2台あった。
確か一つはお兄ちゃんのものだったと思う。(といってもサイクリング車ではない)
ちょっと大きいけど、たぶん大丈夫だからそっち乗ってみてと言われ
ええーー?と驚愕したが言われるとおりにした。
ヒトミちゃんは背の低い小柄な子だったので、
大きいほうの自転車は足が届かなそうだ、と子供なりに納得したからだ
大人の女性同士なら自分のものを友人に貸すだろうが
こういう無邪気さが尊くいとおしい。
「見てて」とヒトミちゃんが見本を示してくれ
私も真似して自転車に足をかけた。
借りた自転車はわたしにも少し大きかったけれど
すんなりと漕ぎ出せた。
キャラキャラと笑うヒトミちゃんの背を追ってそのままこぐ。
風がさあああーーっと吹いて気持ちよかった。
あの瞬間のこと、あの日のことは
40年以上たった今も鮮明に覚えている。
私はたった一度で、ほんの数分で自転車に乗れるようになったのだ!!
子供心に悟った。
父の教え方が下手だったのだ。
やはり、父が力いっぱい押すからかえってグラグラして自転車が倒れたのだ。
最初から自分でバランスをとって漕ぎ出せば、自然と真っすぐ進むのだ。
けれど、それを父に告げることはできなかった
一生懸命教えてくれた父を傷つけることはできなかったから。
その日は意気揚々と帰宅し、母に
「お母さん!私ね、自転車乗れるようになったよ!」と報告した。
母は、あらよかったわねと言った。もう特に興味はない様子だった。
興奮さめやらぬ私は、夜になり、帰宅した父にも報告した。
子供なりに気をつかって、言葉を選んで。
父は「そうかよかったな。練習した甲斐があったな。
もう少しでコツをつかみかけていたからな。
お父さんとの特訓があったからこそだな。感謝しろよ」
と言った。大真面目に。
8才の私はその時どんな顔をしたのだろう。
うん!と素直に言ったのか、
ありがとう!と社交辞令で言ったのか。
父の言葉に対する反応の記憶がないのは、
それだけ愕然としたからかもしれない。
でも、私は自転車が乗れるようになった!
その喜びでその日は胸がいっぱいで、
私はまた、そっと色々な思いをしまいこんだ。
それからの私が、ヒトミちゃんと自転車でしょっちゅう遊び
行動範囲も増えた。自転車が大好きになった。
小3の春には、また父の転勤で
大好きなヒトミちゃんともお別れし、転校となるのだけど・・。
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