私の母は 「弱いひと」 である。

 

三人兄弟の真ん中で、上下は男の子。

必然的に可愛がられ、甘やかされ、そして守られてきた。

 

難しいことに直面したときは、、必ず誰かが解決してくれる。

自分はただ困った様子、悲しい様子、怒った様子を見せればいい。

自分を守ってくれる人たちに。

 

それは子供の頃は両親だったり、兄弟だったのだと思う。

結婚してからは断然、夫である私の父がお助けヒーローだ。

 

子供の頃、母に叱られるときは必ず後ろに父がいた。ナイトのように。

その場に父がいなければ、仕事からの帰宅後に父に言いつけるので

私たちは二度怒られる羽目になった。

 

父が在宅のときは、母がヒステリックな金切り声を出すと

それが合図のように父が「お前たちー!!」と立ち上がる。

鬼のような形相で、顔を真っ赤にして怒りに頬を震わせた父が

私たちを引きずり、無理やり座らせる。

いつものことではあったが、父の剣幕にいつも胸がビクンとした。

 

私たちに発言権はない。

長くくどい父の叱咤の炎が鎮火してくると最後には

「お父さんはなあ、お前たちなんかどうだっていいんだ!

お前たちなんかより、お母さんのことのほうがずっと大事なんだ。

お父さんは常にお母さんの味方だ!覚えておけ!」

と言い切った。

 

LINEだったら<キリッ>と語尾につけたくなるようなドヤ顔だ。

私たちの気持ちや言い訳、喧嘩のいきさつを聞く気はさらさらなかった、

だって父は母の【絶対ヒーロー】だから。

 

子供の頃は、それを理不尽だと思いながらも

(理不尽という言葉は知らなかったけど)

そんな風に愛されている母がうらやましいとさえ思っていた。

 

父は愛妻家を自負し、ナイトを気取り

母の誕生日に年の数だけ赤いバラを贈るような人だった。

 

子供の喧嘩の際には

片方の親が怒っている時とき、もう片方の親は逃げ場であり

中立であるべきとか、冷静ななぐさめ役であるべきとか、

そんな話を最初に聞いたのはいつだったろうか。

 

うちは違ったなあ、と思いながらも

特に父への疑問も抱かずにいた。

夫婦仲のいい両親を自慢にさえ思っていた。

 

今思えば、父はギャグのような濃いキャラクターだが

子供はほかの世界を知らないから

父は強くて立派で愛情豊かな人、と信じていた。

 

あの頃の父の年齢を遠く超えた今は、その歪さがわかる。

長年、女ばかりの家族の中で

絶対的強者として君臨することに酔っていたんだと思う。

 

父は学生時代に父親(私の祖父)を亡くしていたので

彼の頭上に雷を落とすひとも抑え込む存在もなかったから

そのことが更に父を冗長させたのだと思う。

 

父の話に脱線してしまった。

父のことはまた別で書きたいと思う。

 

母は蝶よ花よと育てられ、子供時代は両親と兄弟に守られ、

結婚してからは父が守ってきた。

そして、私たち娘二人が成長してからは私たちに甘えるようになった。

 

「お母さんは常に誰かに頼れば何とかしてくれていいね」と冗談で言ったら

「うん、そうなの」と少女のようにニコニコ笑った。

 

「女の子産んどいてよかったー。うちは二人もいるから老後も安心だわあ」

と、冗談めかしてよく言っていた。 それを聞くのが嫌いだった。

 

(疲れたので、続きはまた)

 

 

 

 

#毒親 #クズ親 #依存体質 #他力本願