「風が吹けば桶屋が儲かる」
ある事が起こると
一見全く関係のないと思われる場所や
物事に影響が及ぶ・・
そんな例えの諺です

使われ方は知ってはいましたが
その内容について気に留めたことなどなく
猫のくだりがあったなんて
気に留めたことなんてありませんでした
知ってましたか? 

猫の日(2月22日)に
ひょんな事から調べることになり
意外な歴史を知りました
せっかくなので・・ご紹介 

(今頃ですが・・)

我が家の愛猫
2匹のうちの先住猫ちゃんの方
とっても臆病
他人の前に姿を現すことは
ほとんどありません

前記の諺の大意ですが
大風が吹くと土ぼこりが立つ
→ 土ぼこりが目に入って失明する人が増える
→ 失明する人が増えると三味線を弾く人が増える
→ 三味線に使う猫皮の需要が増えてネコが殺される
→ ネコが減ればネズミが増える
→ ネズミは桶をかじる
→ 桶の用が足さなくなって桶屋が儲かる

大量に猫が殺されるほど三味線が必要だったの?
そもそも
盲人が増えると三味線引きも増える??
ネズミが増えるほど
そんなに猫が殺されるってどゆこと
???
疑問が次々に膨らみました

当時三味線は庶民にとても流行していて
その演奏は
主に盲人の方の職業でした
三味線は犬や猫の皮が使われていて
猫(しかも6ヶ月くらいの子猫)の皮の
音色の方がいいのだそうです
さらに当時は
「猫捕り」という職業まであり
野良猫であろうが飼い猫であろうが
市中から猫の姿がなくなるほど
捕獲され売買されていました 

(それは昭和初期まであったのだそうです)

もっと昔
猫は高貴な人しか飼えない愛玩動物で
首に紐をつけて飼われていたそうで
あの豊臣秀吉も飼っていたらしいです
江戸時代
まだそれほどの数がいなかった当時は
猫の絵を描く絵師もいて
その絵が鼠よけのお守りのように
売れていたとか 
だから
この諺の始まりは江戸時代
たくさんの猫が
市中でも飼われるようになった頃の
時代だったんですね
でもなぜ三味線に猫の皮が
使われるようになったのかな 

元々は大陸の楽器(三弦)が琉球に伝わり
その楽器はニシキヘビの皮で作られていました
だから沖縄の三線は
ニシキヘビの皮なんですね
それが日本に伝わった時
その楽器を日本風にアレンジしたのが
琵琶法師だった
まさか日本にニシキヘビはいませんから
すぐ手に入りやすい犬や猫の皮が使われた
ということのようです 
日本では
琵琶法師は平安時代から
盲人の職業として確立していました
15世紀には京都だけで500人もの
琵琶法師がいたそうです!
その人数にも驚きますが
そんなにも目の見えない人が
多かったのでしょうか?
諺にもありますが
風が吹いて埃が立っただけで盲人になる
??
と、思っちゃいますが
私たちはちょっと目に違和感があれば
すぐ眼科に行き目薬がもらえ
消毒も日常的にできますよね
でも
当時はそんな薬などありませんから
小さな傷から感染症もあったでしょうし
・・・
なるほど、そういうことなんですね
しかも
日本では平安時代から
琵琶法師は盲人の方の職業として
確立していたそうです!
(すごい!!)
僧侶というよりは「語りもの」を
語る芸人のようでした
江戸時代になると
それが三味線にとってかわった
・・ということなんですね 

我が家の2匹はどちらも保護猫
猫ちゃんにとって
今の方が幸せな時代だといいね
いつも
窓辺の日向でお昼寝が日課
時々一緒に野鳥を眺めています