珍しく、シリアスな話題デス……………カ(-.-;)

興味ない方は長いので、パスしてくださいm(__)m




昨日は、私の27回目のお誕生日。

こうやって、何もトラブルがなく誕生日を迎えられたのは、私なんかの生き方よりも、周りで辛抱強くサポートしてくれた人達のおかげだと思う。

そんな特別な日に、私は過去の自分と向き合う事になって。

考えたくて考えた訳じゃない。

でも、いつかは向き合わなくちゃいけない事だって自分でもわかっていたんだよね。

パパの前に付き合った、たった一人の人。

その人から、お祝いのメールが届いた。

その人は、良い意味でもそうじゃない意味でも、私の人生に影響を与えた人だと思う。

お祝いのメールがきたときに、なんとなくわかっていた自分がいて。

その人は、私の勝手な位置づけでは、私にとって親友だった。

なんでも話せる友達。

年上で、いつもアドバイスをくれる友達。

話をしていて、おもしろい友達。

知識が豊富な友達。

努力家な友達。

ジャンルは違うけれど、友達だって思ってた。

その人と友達関係を続けて、いろいろ喧嘩もしたけれど、仲直りをして、そんなことを繰り返して。

私は別の人への恋心をいつもその人に相談していたくらいに、信頼していた。

男性としてみたことは一度もなくて。

でも、親友と恋人の境界線が、正直私にはわからなかった。

親友が恋人の位置付けになったからといって、何かが変わるわけじゃないんだって自信を持ってた。

だから、その人がオーストラリアに留学したときに告白されたときも、『何も変わらないから』って気持ちでOKしてた。

でも、恋人同士としての在り方って、そんな雰囲気とはまた違くて。

耳大臣な私が仕入れた情報を整理したら、すごく恋人になることが難しく感じた。

友達としては1番仲良しかもしれないけれど、恋人として見ていたかと聞かれたら、

恋人として接しようと努力してたというのが正解かもしれない。

本に出てくる主人公や雑誌の投稿とか、友達の話とかも参考にしてみたりして。

とにかく、四苦八苦してでも『彼女』というものに近づこうとしてた。

いわゆるエリート街道を進んでいたその人とバランスよくならなくちゃいけないと思って、一般常識の問題集をつねに持ち歩いてた。

特にしたいわけじゃなかったけど、勉強をしていないとどこか見放されているような気持ちになってた。

常に『人間は向上心を持っていないと意味がない』と言われていたから。

もちろん、その人にしたら私のためなのかもしれない。

でも、私は普通に等身大の自分でいたかったから、背伸びしすぎて突っ張った足に、いつしかバランスを奪われてた。

日本に帰国してから、残業ばかりで帰宅時間が遅かったその人に『遅かったね』と言ってはいけない。

『僕の仕事の事なんてわからないんだから。』って返事が返ってくるから。

だから、『次にいつ会えるのか』とかは聞かなくなった。

自分から会いに行く事もしなくなった。

その人は、『(最寄の駅周辺で)会社の人に見られたくないから』と言っていた。

だから、会いには行かなくなった。

後にその人は、『こんな長距離を仕事で疲れて、時間を削って会いにきてたんだ!』と私の地元へ来てくれてたことを表現してたかな。

だんだん、私はその人に都合の良い女になろうとしてた。

もちろん、語弊がある。

その人にしてみたら、そんなつもりは更々なくて。

むしろ、私がその道に自分を追い込んでいたのかもしれない。

メールの返信も、期待しなくなった。

『返さなきゃいけないってつねに思ってなくちゃいけない』とその人が言っていたから。

だから、私と会うよりもPCのメールを女友達や男友達にしなければならないという理由を無理矢理納得してた。

不満ばかりがたまって、精神的に疲れてきてた。

最初に出てくる言葉はいつも『愛美ちゃんにはわからないんだよ』だった。

喧嘩をしたら、『友達(ネットの友達)も愛美の考え方が間違ってるって言ってたよ。』って返ってくる。

私は何?

その人が暇な時間に会って、その人が暇なときにメールをやりとりする都合の良い暇つぶしか何かかな?

そう思ってどんどんストレスがたまっていった。

私は、その時の自分が嫌いだった。

何をやるのもイライラして、やけっぱちになってた。

どうでも良いよ、もう。

いつも口にしてた。

自分の悩みを相談することが出来ないその人に、どうやって接したら良いのかわからなかった。

安心感がなくて、毎日何かに追われている気がしてた。

生活の形態が違う。

価値観が違う。

それでも私は、自分の親の喜んでいる顔が嬉しくて、その人と別れることができなかった!

精神的に追い詰められて、親に内緒で病院にも通った。

自律神経がうまく機能しなくなって、毎日の生活もだんだん憂鬱になってた。

その人に何もかも責任を押し付けて、被害者みたいな顔をしている自分が嫌いだった。

結果私がしたのは、何もかも壊すことだった。

その人からの信頼も愛情も裏切ること。

その人を傷つけて、自分を傷つけたら、未来が開けるんじゃないかと思ってた。

でも実際は、もっともっとその人も私も傷ついて、大切な両親まで泣かせてしまってた。

自分ではどうすることもできない運命に、もう流されてしまおうって思ってた。

誰のために結婚するのか。

誰のためにそばにいるのか。

なんのために生きているのか。

何もわからなくなっていたけど、私のぶつかる曲面にはすべて『YES』で答えておけば、争いはないんだと信じてた。

自分の気持ちなんてもういらないと思った。

そんなときに、パパとお友達になった。

パパにだけは、自分の気持ちを赤裸々に話して、それだけでも救われてた。

パパは言った。

『誰のためじゃない。自分のために結婚しなくちゃだめだよ!自分が納得していないなら、周りも幸せにはなれないよ。』

きっと、私はわかっていたのに。

誰かに形にして欲しかった言葉。

だから、大切に胸にしまって、家で一人で泣いた。

私は、その人にきちんと向き合っていなかった。

私が会話していたのは、もう一人の自分だったんだと思う。

一人よがりで生きて、それに周りを巻き込んでた。

その人と親友だと思っていた時代。

私はたくさんの知識を与えてもらったと思うし、人生としてとても大切な影響を与えてもらっていたんだと思う。

お互いに傷つけあった事もあったけれど、全ての時間を否定しながら生きて生きたくないと、今なら思えるようになった。

100の中で、40の傷つけあいがあったかもしれないけれど、自分の中でそっちが占領していることほど悲しい生き方はないんじゃないかと思う。

だから、60の思い出を記憶に残して、ダメダメだった自分も受け止めてあげたいと思う。

その人の中で、今の私は昔の私と同じではないと思う。

だけど、私が尊敬し、信頼していたその人が、今後私と過ごしていた時間よりも幸せになってくれたら良いなと思う。

きちんと過去の私と向き合えるようになったのは、パパという最強のサポートがあるからだと思う。

だから、その人にもいつか現れて欲しいと勝手に願っている。

私にとってのパパみたいな存在の人が。

はい、昔話は終わりです。

ここまで付き合っていただいて、ありがとうございました。

m(__)m