意味のないタイトルになってしまいましたあせる

えっと、今、旦那さんが日記をつけているのですが
私たちは3年日記というのを買いつけています。
(私はほとんど書く事ありません。思い出せないから)

旦那さんが言いました。
「ほら、mariちゃん。去年の2月16日。ピザを作ってくれたって書いてあるよ」と。

日記を見せてもらうと
「21時に帰宅するとピザを作ってくれていた。2回目のピザは生地が軟らかく美味しかった」
そう書かれていた。

私は・・・。
私の記憶にピザが出てくるのには随分時間がかかった。
出てきた・・・・けど・・・ハッキリとではない。
モヤがかかってる感じ。

ピザを作ったのは結婚してすぐの事だと思った。
実際は事故にあった年の冬。
思い出せない事が沢山ある。

話は変わるけど。
昨日の午後のテレビで、ナレーションの仕事をされている方が
脳梗塞で倒れられて、その時失語症になったというのを見た。

台所でお母さんと食事の用意をしている時
お母さんに向って「キュウリとって」と言ったつもりなのに
その女性の口から出てきたのは「トマトとって」だったと。

きっと、この文を読んでも、言い間違いでしょう?
そういうの誰でもあるよ?って思う方は沢山いると思います。
でも私はそのシーンを見ていて涙が出て止まらなかった。
何故なら自分と同じだったから。

そういうのが今もある。
言った言わないで、自分は間違った事は言ってないと旦那さんを怒った事もある。
(後遺症があると判る前)
自分で気付くときもあれば、気付かず言われる時もある。

ほかは、読書をしようと読んでも、どこを読んでいるのか
何が書かれているのか理解出来ないなどもある。(短文は理解できる)
だから何度か書いているけれど、blogも時間が掛かる。

日常でしょっちゅうあるのはお箸。
食事の準備をしていて、2人分のそれぞれ柄の違うお箸を用意するけど
注意して柄を確認して並べるけれど、同じお箸を揃えられていない。
毎回ビックリしてる。あんなに確認して揃えたのにって。

他、色々色々。細かい事色々。

理解は難しいかな。。?
旦那さんでも理解難しいって言うもんね。

リハビリは辛かった。
自分が出来ない事をつきつけられる現実。
それを受け止めないといけない。

先月でそのリハビリも改善の見込みはないと終了したけれど。。
でもいいんだ。
毎週つきつけられる現実がホントはきつくて
リハビリしながらST目の前に泣いたりしてたから。
簡単な事が出来なくなった事がどんなに堪えることか。
相手が言っている事が理解出来ない事がどんなに堪えるか。

今は地道に自分の生活を楽しみながら、自分で出来る生活リハビリ実践中。
でもね、家族以外の人に後遺症の事を知られないように必死なんだ。
怖いんだ。
高次脳機能障害っていうのは幅広い後遺症だし
まだ世間によく知られていないし。
可愛そうに。って目で見られるのが怖いんだ。

でもね、引っ越したら・・・言うつもり・・。
教えずに誤解をされたら嫌だから・・・・。
でも教えて・・・・そういう目で見られるのも辛い・・。
ん、、、やっぱ悩むな。