大好きパパとの歴史館
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別れと引越し

たぶん、数日休んですぐに仕事は復帰したと思う。

おかげさまで体調回復もとても良かった。

何もなかったように人に接するのは結構大変だった。

彼ら以外、誰にも話さなかったから。

あんな事、ペラペラしゃべる事でもないしね。

パパもしばらくはとても優しかった。

本来はポーカーフェイスでちょっと冷酷な素振りを見せる人なので

(あまり私に興味をもたないからだと思う)

少しの間、私はほんの少しの幸せを感じていた。

この後は、あまり変わらない日々だったと思う。

いつものように週末の時々はパパが遊びに来て

日曜日はずーっと一緒にいる。

どこかに出かけたり、家でダラダラ過ごしたり、

特に変化もなく2年が過ぎようとしていた。

ただ、我が家だけでの変化があった。

上の男の子二人が父親に引き取られる事になった。

あちらにしてみれば初孫で男の子という事もあり、

どうしても長男だけは欲しかったみたいで、

父親から再三親権をくれ、と言われていたのだ。

自分の事を考えても3人の子供を育てて行くほど

経済力はなかった。そして長男も父親がかわいそうだ、と

言って行くことを決めた、と言う。

かなり悩んだが、これも仕方のない事かと、自分に言い聞かせて

納得した。当日になって次男坊も[おれも行きたい」と言い出した。

でも予想していた事だったのであまり驚かなかったが、

少し悲しかった。長男と次男は双子のように仲が良かったし、

離れ離れになるのは嫌だったと思う。仕方がない・・・

私は末娘と二人暮しになってしまった。

2年経つと、アパートの更新時期が来る。

ボロボロのほったて小屋だし、嫌な記憶もあるし、

子供が二人減り、もう広い部屋は必要なかったので

更新はせず、新しいアパートを探し始めた。

そして歩いて15分ほど離れた所にアパートを見付け、

そこへ引っ越す事にした。

その時もパパが始めのお金を出してくれた。

なんだかもらい辛かったけど、必ず返そう、と思い

ありがたく受け取った。

6畳の和室に4畳ほどの細長いキッチンだけの

とても小さい1DK。私と娘のお城。

せまいけど、なんだか落ち着いて良い部屋だった。

大家さんも良い人で、隣の隣に住んでいたので安心だ。

気持ちも新たにここでまたがんばろう。

パパもなんだかんだ言って用がなければ毎週きてくれるし、

なんだか通い夫みたい。ヽ (´ー`)┌ フフフ


自業自得

変態野郎とのいざこざもやっと落ち着き、

安定した生活が戻った一ヵ月後、私はある異変にふと気付いた。

生理が来ない。。。。

うそ、というよりやっぱり、の方が正しいよね。

そして私は二人の男と同時に、というか

ミックスで抱かれていた・・・血の気が引いた。

とにかく病院に行かなきゃと思い、すぐに病院に行ってきた。

「おめでとうございます、妊娠していますよ」

先生の明るい言葉がうらめしい。


これがパパとの子だってはっきりわかっていたら・・・・・

天国と地獄の差だ。

本来の私なら100%ありえない事を考えなければならないなんて。

残念ながら、このお腹の子は誰の子なのかわからないのだ。

「私、母子家庭で経済的に子供を産んでも育てられないんです。」

うそばっかり。それを聞いた先生の明るい顔が一瞬にして暗くなる。

「そうですか、では堕胎する予約を取りますか?」

本当に辛かった。でもこれは選択の余地がない状況なのだ。

この子には本当にわるいけど、お父さんが誰なのか

今この時点でわからない限り、産んであげる事が出来ないの。

ごめんね。。。でも私はもう半端な大人ではないので涙は出なかった。

その日の夜、パパに報告をした。

その時彼がどんな事を言ったかは覚えていない。

でも中絶費用はきちんとすぐに持ってきてくれた。

ただもっと後になって、中絶をしたときだったか・・・?

「絶対にあの子はおれの子だったって信じてるよ。」

と言ってくれた。

あの変体野郎にも電話をしたが、あいつは

「そんなの俺の子じゃないだろう、金なんてないね。」と言い放った。

ただ、パパは仕事を休めないし、実は病院がパパの友人の

病院だったのでいけなかったし、承諾書に名前を書くことも

出来なかった。

仕方なく変態に承諾書だけでも書いて欲しい、と頼んできてもらった。

初めての中絶手術。3人も子供を産んだけど、やっぱり中絶はちがう。

寝ている間に済んでしまう、と友人は言っていたけど、

実際私は、途中から意識だけ目覚めてしまい、とてもつらい思いをした。

体はまったく動かないし、言葉も出ないのにおなかの中を

グチャグチャと引っかいている感覚があったのだ。

とっても痛かったし、死ぬ思いだった。

これはひどい行動をしてしまった私の罰なのだ。

心して受けなくちゃ赤ちゃんに申し訳ない。

そして少ししてまた深い眠りに落ちた。

次に気がついたのは看護婦さんにペシペシ叩かれて

「●●さん、起きてください、身体を横にして、隣に移るわよ。」

と言われ、なかなか動けない身体を必死に横にしてストレッチャーに移った。

誰もいない病室に移されるとしばらくして変態がやってきた。

もうそいつとの会話は覚えてないし、書きたくもない。

とにかく麻酔がはっきり切れたら帰って良い、との事だったので

しばらく寝て、あいつの手を借りてタクシーに乗り、自宅に帰った。

もちろんあいつはタクシーにも乗らずに返した。

もう二度と顔も見たくない。あんな人間に出会ってしまった自分を

これほど恨んだことはなかった。

自宅で寝ていた。夜、7時頃、パパがやってきた。

手には大きなケンタッキーのバケツを持っていた。

「夕飯、子供たちも食べてないだろう?一緒に食べよう」と。

こういうところで優しさを表現する人なのだ。

一緒に付いていられなかった事を悪い、とも思ったんだろうね。


もう二度と、こんな失敗はするまい、と肝に銘じた日だった。


ストーカーの悲劇

新しく付き合おう、と言ってすぐに現夫に報告をしたので

はいそうですか、とやっぱりやめました、とは断れる筈もなく

ほんの少しパパ同意の元、2重の付き合いをしていた私。

パパはその間、人が変わったように大学院にも行かずに

毎日我が家に通いつづけ、毎日泣き、毎日私を抱きまくる。

今考えるとあの時のパパは本当に人が違っていた。

避妊をしない事も信じられない。きっとやけくそだったんだろうな・・・

「あいつに抱かれたのか?どうやってだ抱かれた?気持ちよかったか?」

などと彼の口から出てくる筈もない卑劣な言葉がポンポンと出てくるのを

私は違う人に抱かれているような感覚だった。

カタブツで、汚い言葉を嫌い、戦いや争いが大嫌いなとても静かなパパ。

ポーカーフェイスな彼はあの時はいなかった。

パパが本当に私を必要としているのがわかったので新しい彼とは

きっぱり別れる事にした。

しかし、あいつは豹変し、ストーカーになる。

「わかれたくない」と家に来て立てこもられた。

私だけ出て行こうとすると力ずくで引き戻され、玄関で何時間も押し問答を繰り返した。

最後には殺されるかもしれない、とまで思って本当に怖かった。

なんとか逃げて大通りに出るとパパが隠れて待っていた。

出るに出られず、パパはずーっと私たちの押し問答を遠くから見ていたらしい。

ここで普通だったら「なんて奴なの?どうして助けてくれないのよ!」と

責めるところだけど、私はパパをよーく知っていたので責めたりはしない。

逆に「きてくれたのね!」と感動する。ヒョロヒョロなパパには最高の愛情表現だった。

とりあえず友人宅に身を寄せさせてもらい、翌日の朝、戻って彼を説得して

何とか帰って貰った。冷静に考えれば、ひどい事をしているのは私の方なので

仕方がない、とも思ったが、あんな変態野郎には謝る気にもならない。

とにかくこれでもう二度と会う事もない、パパともう一度縁りを戻して、

幸せになる、筈だったのだ。なのに・・・・

まだ悲劇は続く事になる。

 

 

涙涙・・・・・・



新しい人と付き合おう、と決心をして,

「良い人を見つけてね」と非情な事を言い出した張本人に

「良い人が見つかったよ」と報告をする。

「ふふ・・・」と不敵な笑みを浮かべ,力尽きたような顔をする。

「そんな事だろうと思ったよ」一度はわかったような事をいった。

この辺のところはハッキリと覚えていない。

次の日だったのか,その日だったのか・・・・

「前の旦那さんの所に戻るって言うんならもういいって思えるけど、

どこの誰とも知らない男に盗られた、と思うとどうしてもいやだ」と。

私の前で初めて涙を見せた。

それも毎日うちに来て4日間、毎日毎日・・・・

「いやだ、別れたくない・・・」と言いながらポロポロと

涙を流しつづけた。

私が「わかったよ。。。」というまで。

でもうれしかった。あんなにポーカーフェイスでクールな彼が

涙でグチャグチャになりながら別れたくない、と

私にしがみ付く彼が心の底からいとおしい,と思った。

そしてなんてわがままな奴だ,とも思ったけど。

そしてあっちの方とも当時は会っていたので

ちょっとの間だけ重複して付き合っていた私,

その後,恐ろしく不幸な結果を招く事をまだわからなかった。



とんとん拍子



「誰か良い人を見つけておいてね(見付けておいてね見付けておいてね・・・

エンドレス・・・)」((T_T))ウウウッ(((ToT)))ワァァーン

かなりのショックをうけた私、ヨロヨロと話の合うパソコンの向こう側の人と

仲良くなっていってしまう。やけくそになってたし。

そしてその人と会うのもそんなに時間はかからなかった。

一ヶ月もすると向こうからオフ会、との話が出て、

さっそく参加する事にした。

ネットの世界なんてこれっぽっちも知らなかった世間知らずな自分。

オフ会に参加して、これはなにかのオタクの集まりだ、という事を知る。

その中でまったくそれとは違う感じの人が気の合う人だった。

その人もオタクみたいな人だったらあんな事にはならなかったのになぁ。

と今さらながら反省するけど、本当に今さらなのでもういい。

相手も気に入ってくれ、今の彼と別れて自分と付き合ってくれ、

と言われ、なんだか台本があるドラマのような展開になってきた。

私だってその気になれば男の一人や二人・・・・

なあ~んて気持ちと、見返してやる!という悔しい気持ちで

その男にOKをだしてしまう。




よくある話し



そして見事一緒に行った面接の会社に内定が決まった♪

大きなところで将来も安心な会社だから本当に二人で喜んだ。

今まではいつでも遊びに来ていたけど、就職したら土日のどっちかになる。

ちょっと寂しかったな・・・

そんな時、彼が自分で使ってるパソコンの一台をくれた。

それでメールや、インターネットを教えてくれ、ゲームをやったり

楽しい遊びを教えてくれた。

それであの悪魔が私達の関係にヒビをいれることになる。

結婚の話が出たとき、彼は彼女と結婚する、という事は

言っていたが、彼はその時いい加減な、軽い事を言うように

「ママも良い人を見つけておいてね」と言い放った。

すごくショックで、理屈ではわかっていても言われると

現実になってしまうような気がして本当に悲しかった。

そーんな時に!私は“チャット”という遊びをはじめていたのだ。

そーして話が合う人に巡り会ってしまった・・・・

よくある話だね・・・・・・・・( ̄ー ̄)ニヤリ


純粋な気持



そういえば、離婚したと彼に言った時、

「ずるいよ、自分だけ一人になって・・・」と言われた。

彼曰く「今まではお互いに相手がいて同じ立場だったのにママだけ

離婚して一人になっちゃってサ」と・・・

じゃあ彼女と別れれば良いのにな、なんて思ったりして…

でも無理だよね、彼女と結婚するって言ってたし。

私の方が仕事も落ち着いた頃、彼の就職活動が始まった。

いくつかを研究室の教授に紹介してもらい、面接に行く事になった時、

その一つに私も行きたいと頼むと、「ママ(付き合い始めから彼は

こう呼んでいました)といると良いことがあるからね」と言って

OKしてくれました。

会社の近くの喫茶店に入り、時間までお茶を飲んで、彼は

「じゃ、行ってくる」と手を差し出した。

私と固く握手をして出て行った。

待っている間、私はメモ用紙に“がんばれ、大丈夫、●●ならできる!”

とかなんとか書き続けていたなぁ・・・(ウフ、懐かしい♪)

心の中でいつまでも祈っていた。





離婚後・・・



届けを出し、すぐに引越し先を探し始めた。

本当は遠くに行きたかったけど、元夫が「子供に会いたい」

と言うので仕方なくすぐ近くを選んで探していた。

子供と4人で生活をするのである程度部屋があって

安い所、と少々わがままな条件で探していた。

友人に紹介された不動産屋さんで、そこが探したのは

もう一つの不動産屋が担当している、という物件。

ちょっと掘っ立て小屋のようなぼろいアパートだったけど、

近くて、大通りに面していて、3階だったので日当たりが

すごく良くて、6畳間が二つに台所、トイレ風呂が別で

家賃が68000円というとてもいい物だったので

掘っ建て小屋、というのを除けば文句ナシだった。

すぐにそこに決め、支払い、の時にビックリしたのは

敷金、一ヶ月分、は良い。礼金が不動産屋2軒分、と言われた。

二人の不動産屋がいて68000ずつをうれしそうに山分け。
                    (してるように見えたの)
今考えると、もったいない事したのかなぁ。

家具類はほとんどもらい、電化製品だけは新しい物を

買わなければならなかった。

エアコン、冷蔵庫、テレビ、電子レンジ、そして寝具。

慰謝料という名目でもらったお金はほとんどアパートの契約料と

買い物で消えた。

貯金なんてほとんどなく、おまけに借金は今までしていたものを

折半にされていたので残ったのは毎月の支払いのみだった。

これからどうなるのか、と不安は一杯だった。

でも子供がいるからそんな事は言ってられないし、

とにかくやるしかない!と意気込んでいた。

そしてあの元バカ夫と別れられたのは本当にうれしかったので

それだけで気持ちは晴れ晴れしていた。

さて、このいきさつの間、彼にお願いしたのは、

寝具をお店から運んでもらうこと。

彼の家のバンを借りていただき、二組のお布団を運んでもらっただけ。

なるべく関わらせたくなかったからどうしても無理な物だけで。

●○電機みたいな所って持ち帰りはちょっと安くなるものね。

さあ、これから子供達と私の楽しい生活が始まる事となりました。

そのころ、彼は必死に卒論を作成し、かなりへばっていました・・・


良い(?)きっかけ

ある夏の暑い日、いつものように夜から友人の家に(これは私の親友)

遊びに行くから、と元夫にいうと、怒りが爆発したかのように

ドカドカと近づいてきて「いつもいつも出歩きやがって~!」と

私に暴力を振るいはじめた。

足のかかとや足先で私の腿を思いっきり怒突くんです。

私は痛みで息ができなくなり、必死で逃げようとするんだけど、

追いかけてきて、「頭良いだろう?顔じゃあバレるけど、

見えないとこならいくらやってもわかんねえんだよ!」

とほざきやがった!わらいながらだよ・・・・・

「やめてー!●○たすけて!!」と寝ている子供の名前を叫んだんです。

すると少し蹴りのリズムが緩んだので私も思いっきり叩こうとした。

「ほら!やれよ!もっと叩いてみろ!」といいながら避けるバカ元夫。

何度手を振り回してもなかなか当たらずどたまに来た私は

あいつの手に思いっきり!噛み付いてやりました。

歯形と血が出ていたわ。あれじゃあ物足りなかったけど、

こういう暴力は両親に子供の頃木刀で太ももを何度も

殴られた事を思い出し、本当に怖くて

(こういうのってフラッシュバックっていうのかな~?)

何も持たず、靴も履かず、裸足で外に逃げ出しました。

もうあんな奴とは一緒にいられない、本当にそう思い、

泣きながら行くはずだった友人の家まで歩いて行きました。

とを開けるなり、「たすけて~。。。」と入っていった私をみて

あっけにとられていた彼女、「どうしたの!?」(*△*) エッ!?

事情を話すと、既にお酒の入った彼らは・・・笑っていました。

「あの旦那がねぇ・・・暴力振るったんだ・・・」と。

私の足は真っ青に腫れあがっていたので湿布をしてくれ、

「ひどいねえ」もう泣きじゃくってビービーいっていた所に

彼女の旦那が帰ってきた。なんと顔中血だらけで・・・??

自分の事よりその旦那の顔を見て、私も彼女も他の友人たちも

呆気にとられていた。(・◇・ )

普通に「タバコを買いにいってくる」と言って出たっきり

しばらく帰ってきてなかったらしく、どうしたのかと言っていたらしい。

そして血だらけなのに何ともない顔して平気で、

「ん?どうしたの?」ときた・・・

友人「どうしたじゃないわよ!そっちこそどうしたのよ?!」

ダンナ「ん?別に、なんか車にぶつけられてさ・・・」

・・・・へ??「交通事故じゃん!その車はどうしたの?」

ダンナ「ん?しらない、行っちゃったんじゃない?」=°ρ°=)ボヘーー

みんな「え~?!それじゃあひき逃げじゃん!」(=△=)

というかんじで私のことなぞなんにもなかった事になってきたのだ。

(─┬─ _ ─┬─)

なんだかんだ言ってる間、私は電話を借り、彼に電話をした。

事情を説明すると、とても心配してくれたが、なんかみんなで

マージャン中、との事で迎えに行けない、と言う。(T△T) そんなぁ…

泣く泣く、私は友人から靴を借り(多分借りたと思う。記憶ないの)

彼のいる友人宅まで約20分ほど歩いていったのです。

彼に会って、また涙が出てきて、みんなに慰めてもらって

なんとか落ち着き、私は彼等の前で離婚を決意したのだ。

その日、いつものように朝までいさせてもらい、

朝、元バカ夫が会社に行った頃を見計らって帰宅し、(出勤が早いの)

そのまま役所へ行って離婚届を朝一番に出しにいったのだ!

実は何ヶ月か前に話しあって離婚届に二人で判を押して取って置いたのだ。

あいつは、私がまさか出さないだろうと高をくくっていたので

かるーくOKを出してかいていたのだ。ばーーーーーーーーーかっ!!

今考えるとあれは良いきっかけだったかな?

痛かったけどネ・・・ (хх。) イタイ

きっと彼に出会ってから、こういう機会(離婚できる機会)を

ずっと狙っていたんだと思う。

3人の子供を連れて母子家庭は本当に大変だったけど、

その頃はそんな事どうでも良かったし、なんとかなると思っていたから。

因みに彼に助けを求めたり、援助、みたいな事は

一切考えていなかったですよ。かれは学生だったしね。

年上、という事でそういう考えは全く浮かばなかったな・・・・








楽しい日々



今までは二人で夜逢って、あちこち歩き回ったり、公園にいたり、

ファミレスに入ったりそして家に送ってもらう時、遠回りして

ゆっくり歩きながら話しをしていた。

それが前回の友人と引き合わされてからは金曜の夜に

朝方まで友人宅に集まって彼らがマージャンや、

ゲームなんかをしているのを眺めているようになりました。

飲みながら20歳すぎの若い彼等の話しを聞いているのが

楽しくて楽しくて・・・♪

毎週金曜日がすごく楽しみでした。

自分も若い青春時代にタイムバックした気分で、

この事で更に若がえったと思う。

少し痩せて気持ちも身体も軽くなっていました。

でも今考えると、よく毎週のように、そしてその他にも

平日だって彼と会ったり、お母さん友達と飲んだりしょっちゅう

出歩いていてそんな事が良くできた、と自分ですごく不思議・・・

元旦那は怒らなかったんだろうか?覚えてない。。。。

子供達はどうしていたんだろう?子供達は寝ている時にしか

出かけてないか・・・・

高校卒業して2年弱仕事して、19で結婚して、

すぐに子供が生まれてこれまでほとんど“遊び”というのを知らずに

生きてきて、これが青春時代の遊びなのかな~って感じた。

何も知らない世間知らずだったので本当にがむしゃらに

主婦と子育てを続けてきた自分がちょっとバカだったように思い始めた。

もっと遊んでからにすればもしかしたらこんな事にはならなかったかも

しれない、と思った事もあるけど、そうしたら今のパパとは

出会わなかったのよね・・・

そう考えるとこの人生で私は良かったのかな~?

パパとは本当は独身の頃に出会いたかったと思うようになった。

でもパパは7歳年下、こんな出会い方じゃなきゃ全く接点は

なかったはず、まぁ、これはこれできっと私と彼の運命なんだ、

と思うとやっぱり私とパパは赤い糸で結ばれていたのかもしれないね。

こんな生活が普通になってきて4ヶ月経った頃、

はたまた劇的なドラマが始まるのです・・・・

(- O -;) ポカー(@@;)ぱちくり(^◇^;)ホエー