5月13日は母の日そして父の13回忌です。 | Spacy☆Yukorinのブログ

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今日は母の日でしたねコスモス


そして


私の家族にとっては


父の命日でもあります



12年前の今日



柏の国立がんセンターの緩和ケア病棟に入院して
1ヶ月もたたずに亡くなってしまった父


直前のゴールデンウイークは1週間
主治医は休みで
当直の医師以外は不在という状況で
一般の病院では考えられない勤務状況でした


病院ではあと3~6ヶ月の命と宣告されていた父の命
それでもきっと奇跡が起こると信じていた私と家族
せめて9月のオリンピックは見たいと楽しみにしていた父


前立腺がんが肺に転移していて咳き込んではいましたが
5月12日、前日まで元気で
なんでも食べていて
新聞を読んで普通にお話していた



けれど、
夜中に咳き込みが激しく
酸素呼吸器を看護婦さんに頼んだところ
酸素呼吸器の器械の使い方がわからないと
1時間ほど説明書を見ながら組み立てていた


看護婦さんは酸素呼吸器は組み立てたこともなく
医師がいないので使い方がわからないという・・・
結局は父がもういいよと苦しげに言った


私はその日は母と交代し泊まっており
その様子をみて、この病院、この看護婦
大丈夫なのかと疑問に感じた


そして
5月13日朝の食事中
咳き込んだ父が
食べ物を詰まらせてしまった
「苦しい・・・」
私はパニックになりナースコールをするしかなかった
しばらく来ない看護婦さん
そしてしばらく
なんの手当もされずに
そのまま呼吸困難で
意識を失ってしまった父


息はしているので生きている
絶対生き返ると信じた・・・


酸素吸入器を取付けられた父に呼びかけるけれど
時々、口を開けようとするけれど言葉にならない父



それから3時間後なぜか私にはわからないですが
何の説明もなく酸素吸入器を外されてしまった



そしてその日そのまま数時間後
息を引き取ってしまった


だから
本当は食べ物を詰まらせて
呼吸困難が
死因なのに
死亡診断書には
前立腺がんのためと書かれていた


私は納得できずに、
後日、がんセンター柏病院を訪れ
受付で主治医から話を聞きたいと伝えた


にも関わらず主治医はいたのに
主治医は出て来なかった
相当の時間待たされ
知らない若い女医が現れた


私が父は食べ物を詰まらせただけなのに
病院にいたのに何も対処されずに死んでしまったのです
と話をすると


女医が『お父様は食べ物を詰まらせなくても、
どうせあと何ヵ月後には亡くなる命だったのです』と
事務的に言って
「あなたは自分の責任だと思っているかもしれないけれど、
自分を攻めないように」とおしゃった。


冗談じゃない
私は自分の責任とは思うどころか
病院側の責任だというためにここに来たのに
うまく交わされて丸め込まれようとしていると感じた


相手(女医)は慣れていると感じた
相手(女医)は上手だ
あらかじめ主治医からこう言えと話し合いがなされたように
台詞が決まっているかのような話し方だった


いずれにしても
あぜんとしながらも
病院側の本音が出たのだと悟りました


人の命を『どうせ』とは耳を疑ったと同時に、
緩和ケア病棟の医師は、尊厳死に対して
何が勘違いをなさっているか、それとも、
そのような意識レベルでしか患者と向き合ってない
現実がわかりました。


緩和ケアと病棟でずっと長く医師をやっていると
患者が亡くなることが基本で
むしろ亡くならないことはないわけで
つまり緩和ケア病棟では
どんな理由で亡くなろうが
もともと亡くなる人が来る病院なのだから
病院の医療行為と死因とは何の関係をなさないという
根本的な理念に基づいて医療という名の
仕事をしているのだということなのでしょう


『どうせ』という言葉が
あまりにも衝撃的で
何度も頭の中をリピートし始めました


ロビーの椅子でその話しをしていると
父の主治医が
どなたかのご家族とやってきて
私がいることに気づいていないのか
挨拶の後大きな声で話を始めました


すぐ隣のテーブルにいるのに
こちらには気づいていない様子でした
または気づいていても無視したか
私が来たことは受付が主治医に伝えたと聞いている
無視してわざと女医に
先ほどの「どうせ・・・」の話しをさせたに違いない


居留守を使ったとわかりました
何故
「娘さんですか?」とか
「お父さんは私の不在中に亡くなり残念です」とか
「お父さんは頑張りました」とか
何故に一言くらい
声をかけてくださらなかったんだろうと
本当に悲しくなり涙が出ました



すると、何故か
知らない看護婦さんが近づいてきて
「わざわざ遠くから来てくれご苦労さまでした」と慰めの言葉と一緒に
帰ってくださいというメッセージを受け取りました



父が望んだ「尊厳死」はこれで良かったのか?


あれから12年
未だに「尊厳死」って何か?
全然「尊厳」していない「死」だと思います
誰が誰を「尊厳」しているの_
何を以て「死」の前に「尊厳」という言葉を付けているの?


あの晩、あんなに苦しんでいるのに器械も使えず放置することが
「尊厳」なのでしょうか?


「どうせ近々亡くなるんだから
それが少し早まっただけと思えばいいのです」とおっしゃった
あの女医は今でも
国立がんセンター柏病院にいらっしゃるのでしょうか?


私にとって
父が1日でも長く生きてくれることだけが
希望であり幸せだった


少し早まった?
他人から見たら
「少し」だけかもしれないですが
たった10秒だって大切なのではないでしょうか?
「お父さん、ありがとう」の一言も言えなかった私にとって


あと数ヶ月の命と言われていたのに
私が初めて父の病棟に泊まったその日に
何の心の準備もなく
窒息死してしまったことは
尊厳死ではなく
事故死だと思っていますし
1秒だって長く
父の声を聞き
父の笑顔を見て
父から叱ってもらいたかった


時間の大切さを知らない医師に
「尊厳死」という言葉を使ってほしくはありません


今は
ただ
父が
成仏できているように
祈るばかりです


お父さん
ありがとう
ほんとうにさようなら




長い文章を読んでくださった方
ありがとうございました


今日は抜けるような青空でしたね晴れ





Spacy☆Yukorin



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