こんにちは!またまたご無沙汰しております。
最近、とても心にフィットした言葉があって、
今朝も、リビング窓の結露取りをしていると(笑)
その言葉が幸福感で湧きあがってきたので、
シェアしたいと思います(^^♪
それは。。。。
しばらく投稿を拝見していなかった
あるかたのSNS投稿にあった
【あなたは、それを
チョコを選ぶように選んでいいんだよ】
っていうお言葉。
それを、実際どんな風に書いて下さったのか
ほとんど忘れてしまったのですが(笑)
私の心に残ったことで
自由に書くと、
↑それを自由に選んだらいいよ、
あなたが、選べるのよ、と。
「それ」っていうのは、
簡単に言うと「世界」っていうことです。
自分がどんな世界(人生、と言い換えるとわかり易い人もいるかもしれない)を生きるのが気持ちいいのか、
どんな世界を見て、(世の中、世間の人、自分の家庭環境、お金、自分が触れる全てのものに対する自分の「価値観」と言いましょうか)
どんな世界を信じて、(自分、と言い換えられるかもしれない)
どんな日常生活を、
【どんな感情で】暮らしていきたいのかを、
ひとは全て選べる。
それは、「あなたがチョコレートを選ぶときみたいに、選んだらいいのよ、選べるよ」
と言っていました。(超意訳しました)
どういうことかというと、
「え、世界を自分で選べるって、どうやって??」
ではなく、
どうやっても、どうもこうもなく。
「え、チョコをどうやって選ぶんですか?」て。
それは、中にどろっとした甘いのが入っています、ミルクチョコです、ビターです、周りにナッツがついています、など、ひとはそれぞれ好みがあると思うので、
要は、バリエーションがあるチョコの詰め合わせから、自分の食べたいチョコをこれ、って選ぶのって、
「え、詰め合わせの中から選ぶとき、
チョコってどうやって自分で選ぶんですか??(( ;゚Д゚))」
ていう疑問はおかしいですよね(´∀`*)
そしてそれは、ひとつ選べなかったら、2つでも3つでも選びたいひとは選んでいいと思うし、
食べてしまったあとに
「やっぱり違ったなー」
と思ったら、ただ選び直すだけです。
ということは、
選ぶときも、そんなに一生懸命やる必要もないし、(失敗しないように!と緊張する必要がない
選び直すのも、思い立ったらすぐ出来るんです。
これはチョコの話ではなく、【自分の世界を選ぶ】ときの話。
「それ」を私は、戦闘に持ち込みたいのか、忘れてしまいたいのか、悩みとして育てたいか、はたまた、笑い飛ばすか。
あいつが!と人のせいにして恨むのか、くるっと、自分の楽しみに戻ってゲームに没頭するか、
チョコレートを選ぶように、ぴょいぴょい、って好きに選べるんですよね。
まあ細かいひとつひとつの事象で、でもこれだけは取り返しがつかない、ということもあるように思えますが、
それすらも、「その過酷な状況を、自分がどう解釈していくか、」はどんな人でも、必ず選べる。
チョコレートを選ぶように、自分で選べるんですよね。
これはチョコじゃなくて、年始に突然ご近所さんが「うちでは食べきれないから」と下さった、私と娘が大好きな!!!!クラブハリエのバームクーヘン。
本当に声に出るほど、やったーーーー!!て喜びましたが(笑)クラブハリエがたとえなくても、同じ感情は選べるんですよね。
