今日は、母方の祖母の三回忌でした。
いい天気に恵まれて良かったです。
お寺でお経をあげてもらい、
お墓に行ってお参りし、
会食があって、
みたいな感じです。
おばあちゃんの家から程近い
臨済宗妙心寺派龍洞寺というお寺なんですが、
ここの住職は声がとても良く、
いつも途中で痰が絡むこともなく、
聞いていて、心地良いです。
今日は、その住職も会食に参加してくださいました。
修行がとても厳しいようで、
その時の話をしてくれました。
その話の中で、
「無の境地」的な話があり、住職は、
「無」というのは「全くのゼロ」ということではなくて、
いろんなものを始められる準備が整ったまっさらな状態を言うのではないか、
と、おっしゃっていました。
何をもって「無」とするか。
僕のなかで新しいなあと思いました。
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