人は生まれたから死に向かい生きていく。という哲学者の言葉。


生まれてくることも苦しく死ぬことも苦しく、すべてが修行なんだという思想家もいる。

愛する人を失っても人は空腹になるという心理学者だっている。


人の生や死はそれぞれの考えや思いがあっていい。
一くくりにはできない。

ただ、愛する人に囲まれ、温かく見送ること。

一人で淋しく最期を迎えない。これは誰に対してもそうであって欲しい。

今、最期を待つ僕の大切な人。


少しでも苦しまず、たくさんの愛を少しでも、ほんの少しの意識で感じてもらうことができれば、ただただそれを祈る。


今できることに全力で、想いを持って一緒にいさせてもらおうと思う。
day 2-3

装具のテストはまだまだ先が見えないけど、地道にやることが大きな波を生むからこの地味な作業に繊細行うことが必要だよね。


なんでもこの世の中いろんなバランスがある。

安定とは、不安定があるから成り立つもので、それぞれが独立はしない。

働き蟻と人間の2:8の原則のように安定と不安定とが均衡している。

ビルだって倒壊しないとうに微妙に揺れながら安定を獲得し、
経済だって点はつねに変動するけど、全体の動く質量は安定してる。


つまり、不安定だからって恐れることはない、常に安定と不安定がバランスを保つから。
その瞬間瞬間に向き合えたら結果はついてくる。


振り返った時に全力ならそれでいいと思う。
努力した時間や、思い続け、行動した時間はきっと裏切らないと思う。

それを多くの子供たちに伝えられるように頑張りたい。



day 1 report

リハビリ開始。もう落ちて、谷底にいるからあとは登るだけ。

故障箇所の診断は腓骨筋腱と、脛骨の剥離だそうで。


手術をするとおそらく走れない。
といってもrunningはできる。
ここで言う走るはsprinting

sprintingができなければ意味がない。可能性が1%でもあるのなら自然治癒というより、故障箇所に負荷をかけないように身体を繊細に動かすようにする。


人間の身体は、無意識に立つ事ができるように縦方向の負荷には強い。
怪我をしていても立つ事ができるのはその要因が大きいだろう。

つまり静止時と同じ方向にベクトルを向ける事ができれば負荷は限りなく少なくなると思う。

しかし、走る動作のように前方向と地面からの反力で斜上方向の力がでることから、縦方向だけの力を出す事は不可能だが、限りなくそれに近いことは出来るはずだと考え、物理学と運動学者に話をしたところ、理論は正しいとのことで手術を回避した。

ここからは自分practiceのコメント用に使います。
実際に今日は路面でのrunningの前段階のjogから始める。
6km/hを維持して、縦方向だけの力を加える。

前後左右に力が逃げないように真上から地面に接地し、足首の角度をホールド。
中殿筋でドライブさせ、脚を左右にスウェイさせないようにする。

今日の段階ではこの速度が限界で、速度を上げると故障箇所にねじれの力と逆方向のベクトルが働き、腱が切れた時と同じ痛みになるので、速度よりも動きの質と、脚の軌道をsprintingに近いタイミングで動かす。
速度は落ちていても技術は40km/hと同じ技術と、動きの軌跡、角度±5°に合わせる


しばらくはとりあえず痛みのない範囲で身体をコントロールする。
コントロールすれば痛みはかなり少なくなる
無理にやって悪化させるのとは全く別ものです。

そういえば、明日は試験問題つくらなきゃ。。。