Jd'吉本女子プロレスに参加する事が決定した木村さん。
僕はしばらく男子プロレスのみ観戦に行ってました

(この頃は大手団体新日本プロレスvs高田延彦率いるUWFインターナショナル全面戦争が大反響でプロレス界史上最大の盛り上がりとなります

)そして、僕の元に一通の絵はがきが届きました

送り主は…
何と

メキシコ遠征中の
バイソン木村さんからでした

『私は考え抜いて吉本へ行く事に決めました。これからも暖かく見守ってくれたら嬉しいです。』
と直筆で木村さんのきれいな字で書いてありました

この一枚のはがきで木村さんの熱意が伝わりました

そして、僕の腹は決まり
もう一度、木村さんを信じる事にしました

1995年12月17日
Jd'旗揚げ戦に先駆けて行われたイベントが渋谷公園通り劇場で開催されました

僕も参加して、イベント終了後に選手のサイン会が行われ、購入した木村さんのTシャツにサインを求めに行って
木村さんと対面しました
木村さんは飛びきりの笑顔で僕を迎えてくれました

そして、一週間後の
1995年12月24日&25日
僕は大阪へ行きました


(大阪へ行く事
木村さんには内緒にしてました
)Jd'吉本女子プロレス
(以降はJd'と略します
)プレ旗揚げ2連戦
会場は吉本興業の経営するディスコ会場
ベイサイドジェニー
木村さんの新たな船出を目撃する為に2日間応援しました

特に2日目のシングルマッチ
対戦相手は謎の覆面レスラー
Cooga(クーガ)
正体不明ですが、全日本女子時代、木村さんと同期デビューだけは公表しました。
この試合で木村さんはメキシコ遠征で取得した新必殺技ムーンサルトプレスを公開

木村さんが新団体へ賭ける意気込みが伝わりましたね

僕は木村さんやジャガーさんの入り&出待ちに挨拶した時にはわざわざ大阪まで遠征に来たのを喜んでくれました

しかし、
Jd'のハード側にかなりの問題点が残りました

スタッフのほとんどは芸能畑からの出向の為(広報のN氏は空手の達人でしたが
)プロレスを知らない方が多く、少しばかりギャップを感じてしまったのも事実でした
特に必要以上の選手に対してのガードも少しショックを受けましたが


年が変わり1996年
(プリプリ解散イヤー
)3月に大阪ベイサイドジェニーで行われたプレ旗揚げ第2弾を経て…
4月14日
東京での本旗揚げ戦
会場はなんと
六本木のヴェルファーレ
しかし、1階席はともかく、2階&3階立ち見席が全面ガラス張り
プロレス会場とは異質な光景となり、独特の一体感を出す事が出来ませんでした

記念すべき本旗揚げ戦のメインエベントを任された木村さん

相手は全日本女子のトップレスラーとなった木村さんにとっては1年後輩の豊田真奈美選手

しかし、木村さんはJd'のエースという重責を背負わなくていけないプレッシャーにより精彩を欠いて
豊田に完敗してしまいました
ヴェルファーレ大会終了後、僕は木村さんの残念な試合にガッカリしたのと
やはり吉本のスタッフでは今までの全日本女子の様にはいかず
木村さんさんと触れ合える機会も激減してしまったのが面白くなくなったと感じてしまったので
Jd'の会場から足が遠のいてしましました
その6に続く…

今回の写メは
Jd'旗揚げ記念パンフレットより
